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人体病理学・病態神経科学分野

概要

本講座は人体病理学を重視する立場をとり、実在するヒトの疾患の病理検体を検索し、その本態を培養細胞を用いて解析し、また実験動物で再現することで、病態解明と治療戦略に役立つことを最大の活動目標とする。具体的には、DNA、RNA、蛋白、脂質などの機能分子の動向に注目し、形態学的ならびに定量的手法を駆使して、分子病理学的解析を行う。主な研究テーマを以下に列挙する。
 
①動脈硬化症のプラーク不安定化における平滑筋と炎症因子の相互作用の解明
②多能性幹細胞由来奇形腫の分化誘導による、移植可能な組織・臓器の形成および分化因子の探索
③肺の血管腫、特にsolitary pulmonary capillary hemangioma(SPCH)とSPCH以外の肺血管腫の臨床病理学的検討、およびその分子生物学的基盤の探索
④福山型先天性筋ジストロフィーにおけるニューロンとグリアの挙動およびその原因遺伝子産物の性質
⑤甲状腺癌のTERT promoterにおけるmutationとSNP(rs2853669)の有無による細胞増殖の解明
⑥大腸癌の直接浸潤、リンパ管侵襲および静脈侵襲に関する免疫組織化学的検証
⑦成体脳におけるニューロン新生メカニズム
⑧筋萎縮性側索硬化症における酸化ストレス、興奮性神経毒性および炎症の関与
⑨アルツハイマー病におけるアミロイドβの凝集開始メカニズム及び排出経路の解明

研究可能テーマ

(1)動脈硬化症の本態解明
 心筋梗塞や脳梗塞をもたらす動脈硬化性の動脈閉塞は、先進国でがん全般に匹敵する死亡原因となっている。その動脈閉塞の主因となるプラーク不安定化は、脂質コアの増大と線維性被膜の菲薄化が特徴であるが、それがなぜ起きるかはわかっていない。線維性被膜の主成分である平滑筋は、これまで一様に脱分化状態であると考えられてきたが、我々は、その平滑筋の分化度には差異があり、プラークが不安定化した際にはより脱分化した状態であることを見出した。今後は、この平滑筋の脱分化がプラーク不安定化の原因なのか、もしくは脂質コアとの相互作用があるのかについて解明していき、プラーク不安定化の予防・診断・治療に貢献していきたい。

(2)多能性幹細胞由来未熟奇形腫の分化誘導
 ES細胞・iPS細胞といった多能性幹細胞を分化誘導させて、移植可能な組織・臓器を形成するという目標は、未だ細胞レベルの結果にとどまっている。一方で、多能性幹細胞を免疫不全マウスに移植して形成される未熟奇形腫は、悪性腫瘍であるため、移植用としては注目されていない。我々は、こうした未熟奇形腫が、担がん宿主に抗がん剤を腹腔内投与すると、分化した成熟奇形腫に変化する現象を見出した。今後はこの手法を洗練させ、望んだ組織・臓器への分化誘導法を探求していきたい。

(3)肺の血管腫、特にsolitary pulmonary capillary hemangioma(SPCH)の臨床病理学的検討とSPCH以外の血管腫、およびその分子生物学的基盤の探索
 肺の血管腫はこれまで稀とされてきた。2016年に我々がSPCHの臨床病理学的特徴を世界に先駆けて報告して以降、東アジアを中心により多くの症例を集めた報告がされるようになってきた。しかし、その疫学や分子病理学的基盤は十分に解析されているとは言い難い。我々はまずは血管腫で多く見られる遺伝子変異をターゲットとしてSanger sequenceを行って遺伝子変異を確認し、その発症メカニズムを解明すべく、研究を進めている。

(4)福山型先天性筋ジストロフィーの責任遺伝子fukutinの機能分析
 福山型先天性筋ジストロフィーは、横紋筋のみならず中枢神経系を侵す。これらに共通する細胞膜と細胞外基質との接合異常は fukutin の遺伝子変異にもとづくとの立場から、当教室では、剖検脳、動物脳および培養細胞を用いて、本物質がニューロンやグリアの増殖、分化、変性などにも関わる知見を集積してきた。今後は、RNAi やシグナル伝達阻害実験などを取り入れて、fukutin 蛋白の多彩な機能を明らかにしたいと考えている。

(5)アルツハイマー病におけるアミロイドβの凝集開始メカニズム及び排出経路の解明
 アルツハイマー病患者脳においては、細胞外アミロイドβ蓄積である老人斑、細胞内リン酸化タウ蓄積である神経原線維変化、神経細胞死が特徴的である。これまでの知見から、Aβの異常な凝集・蓄積はアルツハイマー病発症の最初期に起こる変化と考えられている。健常人の脳でもAβは前駆体APPから酵素切断をへて産生されているが、速やかにクリアランスされており、アルツハイマー病脳でAβが凝集能を獲得し脳内をアミロイド病理が拡大するメカニズムは不明であった。本研究では、in vivoでAβの凝集を惹起するようなseedとなる分子の同定や脳内Aβクリアランス経路の解明などを通じて、アルツハイマー病発症機序に迫りたいと考えている。

(6)甲状腺癌の進展機構の解明
 甲状腺癌ではTERT遺伝子のプロモーター領域における2つの点突然変異が知られている(C228T,C250T)。これらの変異の下流にrs2853669と呼ばれる一塩基多型(rSNP)が存在することも知られており、現在までに他腫瘍での検討でrs2853669の存在下のTERTのmRNAの発現が亢進していると報告されている。以前行った検討で、甲状腺乳頭癌58症例においてrs2853669の有無と腫瘍径について、有意な相関が得られた。しかし、そのメカニズムに関しては不明なままである。本研究では腫瘍径増大に関わる候補因子の探索と、その分子の機能について研究を進めている。

スタッフ紹介

教授・基幹分野長:倉田 厚(担当テーマ(1)(2))
准教授:橋本 浩次(担当テーマ(3))
准教授:山本 智子(担当テーマ(4))
助教:箱崎 眞結(担当テーマ(5))
助教:有益 優(担当テーマ(6))

医学研究科