コラム

あなたの胃―ピロリ菌はいませんか?

2010.11.01

消化器科 講師 足立 ヒトミ

【はじめに】

 皆さんは最近ピロリ菌という言葉をよく耳にされると思います。このピロリ菌の発見は、消化器科の領域で、胃炎、胃潰瘍・十二指腸潰瘍、胃がんなどの病因に対する考え方を大きく変える大発見となりました。現在は、胃・十二指腸潰瘍の治療法を大きく変えたことは、云うまでもありませんが、慢性胃炎、その他胃以外の病変においてもピロリ菌の関与が明らかになってきており、ピロリ菌を退治することの必要性が提唱されてきています。

【ピロリ菌発見の歴史】

 従来、胃内には胃酸が存在し、これが細菌の生息にふさわしくない環境であると考えられていました。ところが、1982年にオーストラリアの病理学者のWarrenが胃粘膜表面のらせん形の菌に注目し、この菌が胃炎の病原菌ではないかと考えました。同じ病院の消化器内科医であるMarshallと共同研究をし、内視鏡でとった胃の組織からこの菌の分離培養に成功し、のちにこの菌はピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)と命名されました。そして、いろいろな胃・十二指腸疾患とピロリ菌との関連性が明らかとなり、現在では、世界的に胃・十二指腸疾患の原因菌はもとより、その他の病気との関連も認知されてきています。ちなみに、Warren、Marshallはこの業績により、2005年にノーベル医学・生理学賞を受賞しました。

【ピロリ菌の感染経路・健常者のピロリ菌感染率】

 ピロリ菌はどのようにして、人の胃に定着する(感染する)のでしょうか。本菌は、人から人への感染によって、生き残っている菌です。ピロリ菌は、吐物、あるいは糞便に混ざって体外に排泄され、それが再び水などとともに吸い込まれ、他の人の胃内に定着すると考えられています。現在,はっきりとはわかっていませんが口から入る感染経路(経口感染)が大部分とされており、水、食物、手指等のピロリ菌汚染がこれらに関与していると考えられています。そしてピロリ菌は成人への初感染はまれで、感染したとしても一時的で、持続感染はしないことが多いとされています。すなわちピロリ菌は小児期までに感染しそれが持続感染しているわけです。
 では、日本人のピロリ菌感染率はどのぐらいでしょうか。ピロリ菌の感染率は、衛生環境と関係していると考えられており、上下水道が十分に整っていなかった時代に幼少期であった50歳代以上の日本人は70%がピロリ菌に感染していると言われています。一方、10歳代~20歳代の衛生環境の整った世代では、30%前後と言われています。日本人全体では、感染率が50%前後であり、約6000万人がピロリ菌の感染者と言われています。

【ピロリ菌と疾患のかかわり】

 ピロリ菌に感染すると、この菌は胃粘膜に定着し、慢性的に胃に炎症(慢性胃炎)を起こします。炎症が持続すると慢性胃炎(萎縮性胃炎)が進展し、胃粘膜の防御能が低下して、潰瘍やひいては、胃がんなどを起こしやすい胃の状態がつくられます。また、ピロリ菌と関連のあるその他の疾患もわかってきており、胃MALTリンパ腫、胃以外では特発性血小板減少性紫斑病、慢性蕁麻疹、鉄欠乏性貧血の発症にも関与しているといわれています。
 但し、ほとんどの人がピロリ菌に感染しても無症状で、慢性胃炎のまま経過し、胃・十二指腸潰瘍を発症するのは、2~3%前後、胃癌に至るのは約0.4%と推測されています。
 一方、胃・十二指腸潰瘍の患者さん側からみると、ピロリ菌に感染していることが多く、潰瘍の発症や再発を繰り返すことに、ピロリ菌が関与すると言われています。

【ピロリ菌の除菌治療(菌を死滅させる治療)の適応】

 前項で述べたように、ピロリ菌が慢性胃炎を起こし、胃・十二指腸潰瘍だけでなく、胃がんやその他の疾患にも関与していることが判明してきました。これに伴い、2009年1月に日本ヘリコバクター学会では、ピロリ菌の除菌の医学的な適応を改訂し、ヘリコバクター・ピロリー感染症(ピロリ菌が陽性の人)の全てに除菌の適応があるという見解を出しました。これは、ピロリ菌感染により引き起こされる慢性胃炎が多くの疾患の元凶であり、その除菌によりこれらの疾患の発症を予防できるとしたためです。
 しかし日本の健康保険制度で、保険適応となっているのは、1.胃潰瘍、2.十二指腸潰瘍と2010年6月より保険適応が追加になった、3.胃MALTリンパ腫、4.特発性血小板減少性紫斑病、5.早期胃癌に対する内視鏡治療後胃だけであるのが現状です。以上の疾患はピロリ菌の除菌を行うことで、改善するという多くのデータが示されています。
 従って慢性胃炎で胃癌の予防のために行う除菌治療は、現状では、医師と相談していただき、原則保険適応外で行う必要があることをご承知おきください。そしてこれは、ピロリ菌の存在診断においても同様で保険適応外です。

【ピロリ菌の診断と治療(除菌療法)】

 ピロリ菌感染を起こしているか否かの診断には、内視鏡を使う方法と使わない方法があります。内視鏡を使う方法は、胃の組織の一部を取り(生検といいます)これを用いた方法です。内視鏡を使わない方法は、呼気を採取する方法、血液、尿、便でピロリ菌の抗体や抗原を調べる方法です。
 上記の診断法でピロリ菌がいる(陽性)と判断されたら、医師とよくご相談をされた上で除菌治療を行います。
 ピロリ菌の除菌療法は、2種類の抗生物質と1種類の制酸剤の計3種類を7日間服用します。1回目の除菌療法(1次除菌)で成功する確率は80%前後と云われています。
 この1回目の除菌療法でピロリ菌が消えなかった場合2回目の治療(2次除菌療法)を行うかどうかご相談させていただきます。この場合1種類の抗生物質を他の薬に変えて行います。これらの治療の副作用として、①軟便、下痢、②味覚異常、③肝機能障害が生じることがあります。除菌治療で体調に異変があれば、主治医にご相談下さい。

【おわりに】

 以上、ピロリ菌治療の最近の動向を述べました。治療後、胃・十二指腸潰瘍の再発率が顕著に低下することで、いままで潰瘍を繰り返し苦しんでいた患者さんには画期的な治療となっています。当センターでは、ピロリ菌の除菌も積極的に行っております。
 ちなみに毎週水曜日の午後、三坂医師(副所長)がピロリ専門外来を行っております。
 また他の消化器内科外来でも、お気軽に治療につきご相談いただけます。