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2022年01月31日 【プレスリリース】心筋細胞の配向制御により、心筋組織の新たな機能特性を発見

心筋細胞の配向制御により、心筋組織の新たな機能特性を発見
~再生医療・疾患・創薬研究用心筋組織構築や心疾患の病態解明へ展開~

 
 東京女子医科大学の研究グループ(同大学循環器内科の髙田卓磨大学院生と同大学先端生命医科学研究所の佐々木大輔特任助教および同大学先端生命医科学研究所・循環器内科の松浦勝久准教授ら)は、配向を制御したヒト心筋組織の作成に成功し、そのような心筋組織では心筋細胞が一方向性に収縮・弛緩するとともに、同期的収縮を促進することで、組織全体の収縮・弛緩機能が向上することを見出しました。
 本研究成果は、再生医療や疾患・創薬研究用心筋組織開発のみならず、心筋細胞の配列の乱れを有する心疾患の病態解明など幅広い展開が期待されます。
 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 医薬品等規制調和・評価研究事業「ヒトiPS分化細胞技術を応用した医薬品の心毒性評価法の開発と国際標準化に関する研究」「ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた抗がん剤の心毒性評価法の開発と国際標準化」(研究開発代表者:国立医薬品食品衛生研究所 諫田泰成)の一環で行われました。また日立財団、宮田心臓病研究振興基金、先進医薬研究振興財団、公益信託循環器学研究振興基金の支援も受けており、その研究成果は、国際科学誌Biomaterialsに、2021年12月30日にオンライン版で発表されました。
 
Point
 ・※1配向を制御したヒト心筋組織の作成に成功し、そのような心筋組織では心筋細胞が一方向性に収縮・弛緩するとともに、同期的収縮を促進することで、組織全体の収縮・弛緩機能が向上することを見出しました。
・より生体に近い心筋組織の構築は、再生医療用組織だけでなく、疾患・創薬研究への応用および生体の心臓を理解する上での大変重要な課題です。
・生体の心臓では、心筋細胞の向きの揃った組織構造をしていますが、心筋組織全体の収縮・弛緩機能への影響およびその機序については明らかではありませんでした。
・ストライプ上に微細加工した※2フィブリンゲル上でヒト※3iPS細胞由来心筋細胞を培養することで、生体心臓に近い配向度を有する心筋組織の形成が可能となり、また組織全体の収縮・弛緩機能の向上が認められました。
・心筋細胞の配向を制御することで、一方向性の収縮・弛緩が可能となるだけでなく、組織内の心筋細胞の収縮のタイミングも揃うことが明らかとなり、個々の心筋細胞が協調的に収縮することで、より大きな力を生み出すことを見出しました。
・本研究成果は、様々な医療用心筋組織構築に応用されるだけでなく、心疾患における心筋細胞の配列の乱れの病態研究につながることが期待されます。

研究成果の概念図


Ⅰ 研究の背景と経緯
組織工学を用いたヒト多能性幹細胞由来心筋組織は、再生医療や疾患・創薬研究への応用が世界中で進められています。我々はヒトiPS細胞由来心筋細胞の量産化技術と細胞シート工学を含む組織工学を基盤にヒト心筋組織開発および機能評価系の開発を行っており、より生体に近い組織の構築が、上記医療応用だけでなく、生体の組織の特性を理解する上でも重要と考えています。心臓においては、収縮・弛緩機能を担う心筋細胞の向きが揃ったレイヤー状の組織が少しずつ向きを変え層状に重なることで、効率的な拍出を生み出すと考えられていますが、心筋組織全体の収縮・弛緩機能への影響およびその機序については明らかではありませんでした。
そこで今回我々は、微細加工したフィブリンゲルの上にヒトiPS細胞由来心筋細胞を播種することで配向した心筋組織を作成するとともに、心筋組織の張力を測定し、配向と機能との関係性、およびその機序について検討しました。
  
Ⅱ 研究成果の概要
心筋細胞を単に培養皿上で培養するだけでは配向しません。またプラスチック製の培養皿上に接着し培養された状態では、心筋組織としての収縮・弛緩機能を評価することは困難です。我々はこれまでにフィブリンゲル上で心筋細胞を培養し、独自の張力測定システムを用いることで、心筋組織の収縮・弛緩機能評価を実現してきました。そこで本研究では、心筋細胞の配向制御を可能にするフィブリンゲルを作成することで、心筋細胞の配向と収縮・弛緩機能の関係性を評価することとしました。
微細加工したシリコンウェハを用いて熱インプリントしたシクロオリフェンポリマーを鋳型としてストライプ上にV字型の溝を有するポリジメチルシロキサンを作成し、その上にフィブリンを塗布することで微細加工フィブリンゲルを作成しました(図1)。

微細加工したフィブリンゲル上にヒトiPS細胞由来心筋細胞を播種したところ、加工処理なしのフィブリンゲル上へ播種した心筋細胞に比して有意に配向度が向上しました(図2)。

フーリエ解析を用いて算出した配向度の指標であるorientation indexは1.5であり、成体ラット心臓の配向度が1.6であることから、生体に近い配向度を有する心筋組織の作成が可能となったと考えられます。さらに配向心筋組織の収縮・弛緩機能を評価したところ、非配向心筋組織に比して有意に張力、最大収縮速度および最大弛緩速度の向上が認められました(図3)。



次に、配向心筋組織の収縮・弛緩機能向上の機序について検討しました。収縮タンパクや細胞内カルシウム制御およびイオンチャネルに関わる遺伝子発現に関しては、配向および非配向心筋組織間で大きな違いは認められず、個々の心筋細胞の成熟化の関与は少ないと考えられました。一方で、心筋組織内の心筋細胞の収縮の向きおよびタイミングを画像解析にて評価したところ、配向心筋組織内の心筋細胞は、非配向心筋組織に比して一方向性の収縮を示すとともに、同期して収縮することが明らかとなりました(図4)。すなわち、心筋組織の機能向上には、個々の心筋細胞が協調的に機能するための適切な環境が必要であることが示唆されます。


Ⅲ 研究成果の意義と今後の展開
本研究は、再生医療や疾患・創薬研究開発などで求められる、より機能性の高い3次元心筋組織構築に向けた基盤的知見となるものと考えます。また配向制御が心筋細胞の収縮同期性を向上させることは、翻って非配向心筋組織における心筋細胞の収縮非同期性を示すものです。心筋細胞の配列の乱れは様々な心疾患において認められる事象です。本研究の発展により、心疾患の病態における心筋細胞の配列の乱れと収縮・弛緩機能異常および催不整脈作用との関係性が明らかとなることも期待されます。
 
【用語解説】
※1 配向・・・・・細胞の長軸方向が揃った状態。
※2 フィブリンゲル・・・・・フィブリンが網状になり、この中に水分子が固定されている半固体状態。
※3  iPS細胞・・・・・人工多能性幹細胞(iPS細胞)は皮膚などの体細胞に遺伝子を導入することによって得られる多能性幹細胞である。

【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
松浦勝久
東京女子医科大学 先端生命医科学研究所
〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1
Tel:03-3353-8112 内線43213
Fax:03-3356-6041 
E-mail:matsuura.katsuhisa”AT”twmu.ac.jp
 
<報道担当>
東京女子医科大学 広報室
〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1
Tel:03-3353-8111 Fax:03-5269-7326
E-mail: kouhou.bm”AT”twmu.ac.jp
※E-mailは上記アドレス“AT”の部分を@に変えてください。
 
【プレス情報】
1. 掲載誌名
  Biomaterials
2. 論文タイトル
  Aligned human induced pluripotent stem cell-derived cardiac tissue improves contractile   properties through promoting unidirectional and synchronous cardiomyocyte contraction
3. 著者名
  Takuma Takada1, Daisuke Sasaki2, Katsuhisa Matsuura1,2, Koichiro Miura1,2, Satoru Sakamoto1,2,   Hiroshi Goto3, Takashi Ohya4, Tatsuro Iida1,2, Jun Homma2, Tatsuya Shimizu2, Nobuhisa   Hagiwara1
  著者の所属 1. 東京女子医科大学 循環器内科、2. 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所
3. 東京大学 心臓血管外科、4. 早稲田大学 創造理工学部
4. DOI:10.1016/j.biomaterials.2021.121351
5. 論文のオンライン掲載日と報道解禁日(Embargo) 2021年12月30日

プレス通知資料PDF
心筋細胞の配向制御により、心筋組織の新たな機能特性を発見

2022年01月20日 【プレスリリース】ポリジェニックリスクスコアは関節リウマチの関節破壊進行を予測する

「ポリジェニックリスクスコアは関節リウマチの関節破壊進行を予測する」
~関節リウマチのゲノムオーダーメイド医療へ向けて~
 
 
【 ポイント】
・ポリジェニックリスクスコア※1が、関節リウマチの関節破壊と関連することを世界で初めて示しました。
・特に若年発症の方の重症化を予測する場合には、過去に報告されたリスク因子より優れていました。
・今後の関節リウマチのゲノム情報に基づいたオーダーメイド医療の礎となるモデルです。

東京医科歯科大学難治疾患研究所ゲノム機能多様性分野の高地雄太教授の研究グループは、東京女子医科大学、理化学研究所生命医科学研究センターとの共同研究で、ポリジェニックリスクスコアが、関節リウマチのX線画像の進行と関連することを世界で初めて示しました。その研究成果は、国際科学誌Arthritis & Rheumatologyに、2022年1月20日にオンライン版で発表されました。

【研究の背景
関節リウマチは免疫の異常で、関節の骨や軟骨が破壊されてしまう病気です。関節リウマチの治療は近年急速に進歩しましたが、それでも関節破壊が進行する患者さんがいます。あらかじめ予測できれば患者さんに合わせた治療強度を選択でき、関節破壊の進行・重症化をより効果的に抑えられると考えられます。これまでの研究では、抗シトルリンタンパク質抗体(ACPA)※2やHLA領域※3が関節の破壊と関連することが示されていましたが、その予測精度は十分ではなく、いまだ患者さんの病態に基づいたオーダーメイド医療は困難です。ポリジェニックリスクスコア(Polygenic risk score:PRS)は、各患者さんのもつ遺伝的なリスクの積み重なりをスコア化して、病気の発症や進展を予測する手法で、このスコアを用いた研究が近年盛んに行われています。このスコアの特徴は、疾患との関わりが強い遺伝子だけではなく、小~中程度の遺伝子もスコアに取り入れているため、より予測の精度が高まると期待されています。
 
【研究成果の概要
今回研究グループは、まず、PRSがどれほど骨破壊の予測指標となるかを調べました。次に、いままで用いられてきた指標であるACPAおよびHLA領域とPRSを比較しました。最後に、PRSと診療で用いる指標を組み合わせて、関節破壊をどれほど予測できるかを調べました。
まず関節破壊が進行した群としていない群のPRSを比較したところ、この2つの群のもつスコアに明らかな差を認めました(図1左)。この傾向は患者さんを発症年齢に応じて3つのグループ(若年発症;≦40歳,中年発症;>40歳,≦60歳,高齢発症;>60歳)に分け、若年発症群のみで解析すると顕著になりました(図1右)。
図1.  PRSに応じた関節リウマチ患者の分布図
図左は全年齢含めた分布図。図右は若年発症のみに限定した分布図を示している。図左の青色の領域と図右のピンクの領域は関節破壊の進行していない患者群の分布を示し、図左の緑色の領域と図右の赤色の領域は関節破壊の進行した患者群の分布を示している
 

さらに、このスコアが関節破壊を分類する能力ROC曲線を用いて数値化しました。患者さんを発症年齢に応じて3つのグループ(若年発症;≦40歳,中年発症;>40歳,≦60歳,高齢発症;>60歳)に分けると、特に、若年発症群で関節破壊を分類する能力が高いことがわかりました(図2)。

図2.発症年齢に応じたROC曲線
赤い線が若年発症、緑の線が中年発症、青い線が高齢発症の患者群を示している。それぞれの曲線の下の面積をAUC(Area under the curve)といい、関節破壊進行群と非進行群とを分類する能力を示す。


次に、PRSに応じて患者さんを5つに分けて、重度進行群に分類されるリスクを比較しました。ポリジェニックリスクスコアが最も高い群は最も低い群と比べて、進行群に分類されるリスクが約2倍でした(図2左)。また、若年発症に限定して解析を行ったところ、最も高い群は最も低い群と比べて、進行群に分類されるリスクが約5倍でした(図右)。
図3. PRSの分位プロット
図左は全年齢含めた分位プロット、右図は若年発症のみに限定した分位プロット。横軸は各患者さんが持っているPRSを低い順にならべて5つに分け、左から並べた。縦軸は、最も低いPRSを持つ群(各図の左、Referenceと記載がある群)に比べて、各群(各図の4th, 3rd, 2nd, Topと記載されている群)のPRSをもつ群は何倍関節破壊進行群に分類されやすいかを示している。


さらに、関節破壊の進行に関連する要因として知られているACPAおよびHLA領域とPRSを比較しました。全患者での解析では、PRSはACPAと同等の識別力があり、若年発症群に限定した場合はACPAやHLA領域よりも優れた識別力を示しました(図4)。

図4.指標毎の関節破壊進行群の割合を示した図
図左は全年齢での関節破壊進行者の割合、図右は若年発症のみに限定した関節破壊進行者の割合を示している。各図の横軸は左からそれぞれPRSの低い群、高い群、ACPA陰性群、陽性群、HLA-DRB1領域の11番目のアミノ酸がセリン(Ser11)でない群、セリンである群を示している。


最後に、ロジスティック回帰というモデルを用いて多変量解析を行い、PRSと他の因子(発症年齢、性別、喫煙歴、ACPA、リウマチ因子、BMI、歯周病、関節リウマチの薬、HLA領域(Ser11))を組み合わせることで、識別力が向上するかを調べました。その結果、の関節破壊の進行に関連する独立した危険因子であること、他の因子と組み合わせると識別力が向上することを示しました(図5)。

図5. PRSと他の因子を組み合わせた場合の発症年齢に応じたROC曲線 赤い線が若年発症、緑の線が中年発症、青い線が高齢発症の患者群を示している。図2と比べて数値が改善している。


【研究成果の意義
この研究は、PRSが、関節リウマチの骨破壊の進行と関連することを示した初めての研究です。その識別力は特に若年発症者の場合にいままで報告されていたリスク因子よりも優れていることがわかりました。さらに、PRSと他の臨床情報を組み合わせたモデルでは、PRSが独立した関節破壊のリスク因子であることがわかり、識別力は向上しました。疾患との関わりが強い遺伝子のみで構築したスコアを使った過去の研究では、関節破壊との関わりを示すことはできなかったことから、疾患との関わりが小~中程度の遺伝子もスコアに取り入れることが重要であることを示しました。今回の研究は、関節リウマチにおけるゲノム情報を用いたオーダーメイド医療の第一歩です。今後の研究では、さらに精度を向上させる方法を模索していきます。現在、より細かい遺伝子の情報を手に入れられるようになっており、それらの情報を取り入れることで、さらに精度が改善する可能性があります。また、人工知能を用いて精度の改善を試みる研究も世界中でなされています。我々もすでに人工知能を取り入れ、一人ひとりに合わせたオーダーメイド医療をいち早く届けられるように日々研究をしています。


【用語解説
※1ポリジェニックリスクスコア・・・・・・・・各個人のもつ遺伝的なリスクの積み重なりをスコア化して、病気の発症や進展を予測する手法である。より正確には、疾患の発症や進展に影響のある遺伝的変異を網羅的に調べるゲノムワイド関連解析の結果から算出されたeffect size(疾患に対する影響の大きさ)を用いて、各個人の持つ遺伝子型を重み付けして足し合わせ、遺伝因子の積み重なりを量的に評価する手法である。

※2抗シトルリンタンパク質抗体(ACPA)・・・・・・・・関節リウマチにおける、自分自身の組織由来の物質を異物として認識する抗体(自己抗体)のうちの一つであり、特異性が高いことから、分類基準の項目にも含まれている。臨床現場ではACPAのひとつである抗CCP抗体が臨床検査として使用されている。

※3HLA領域・・・・・・・・HLAはHuman leukocyte antigen(ヒト白血球抗原)の略で、ほぼすべての細胞がもち、「自己」と「非自己」を識別するための名札の役割を果たしている。外部から侵入した細菌はこの名札をつけていないため「非自己」と認識され、免疫システムにより排除される。HLAをコードする遺伝子は6番染色体短腕上に位置し、この領域の変異が多くの自己免疫疾患に関わっていることが示されている。


【論文情報
掲載誌:Arthritis & Rheumatology
論文タイトル:Polygenic risk scores are associated with radiographic progression in patients with rheumatoid arthritis


【研究者プロフィール
本田 卓 (ホンダ スグル) Honda Suguru
東京女子医科大学 膠原病リウマチ内科学講座
大学院生
・研究領域
免疫学
深層学習
バイオインフォマティクス




高地 雄太 (コウチ ユウタ) Kochi Yuta
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
ゲノム機能多様性分野 教授
・研究領域
ゲノム医学
膠原病内科学




【問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
ゲノム機能多様性分野
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
e-mail:y-kochi.gfd[@]mri.tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
e-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

東京女子医科大学 広報室
〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1
e-mail:kouhou.bm[@]twmu.ac.jp

【プレス通知資料PDF
「ポリジェニックリスクスコアは関節リウマチの関節破壊進行を予測する」