お知らせ

2019年08月23日  【プレスリリース】精神科治療ガイドラインの教育・普及・検証活動により 精神科医の治療ガイドラインへの理解度が向上
精神科治療ガイドラインの教育・普及・検証活動により
精神科医の治療ガイドラインへの理解度が向上
~ 精神科医への教育を行い、よりよい医療の実践に大きく前進 ~


国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
杏林大学医学部
東京女子医科大学医学部
日本神経精神薬理学会
日本うつ病学会
 
【ポイント】
・世界で例のない精神科治療ガイドラインの教育・普及・検証活動であるEGUIDEプロジェクトの最初の成果である
・統合失調症とうつ病の治療ガイドラインのそれぞれ1日の講習を受講することにより精神科医のガイドラインに対する理解度が顕著に向上した
・精神科医に対するガイドラインを用いた本プロジェクトの教育により、より適切な治療が広く行われることが期待される









1、概要
 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市、理事長:水澤英洋)精神保健研究所(所長:金 吉晴)精神疾患病態研究部の橋本亮太部長、杏林大学医学部精神神経科学の渡邊衡一郎教授、東京女子医科大学医学部精神医学講座の稲田健准教授らの研究グループは、精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究(EGUIDEプロジェクト:Effectiveness of GUIdeline for Dissemination and Education in psychiatric treatment:下図)を2016年に開始し、精神科医に対して精神科治療ガイドラインの教育の講習を行い、ガイドラインの効果を検証する研究を行ってきました。



 現在43大学と130以上の医療機関が参加する国内外に例がない精神科治療ガイドラインの教育・普及・検証プロジェクトに発展しています。EGUIDEプロジェクトは、統合失調症薬物治療ガイドラインとうつ病治療ガイドラインの講習を全国で計68回行い、延べ1500人以上が参加しました。この講習の効果検証のために、ガイドラインの理解度、実践度、処方行動によって評価を行いました。その結果、どちらのガイドライン講習においても、講習前と比較して講習後に顕著な理解度の向上が認められました(下図:統合失調症の例)。
 忙しい医師がたった1日の講習を受講することによりガイドラインの理解度が著明に向上する意義は大きいと考えられます。本研究成果は、EGUIDEプロジェクトの最初の成果になりますが、次の段階として、その理解したガイドラインの内容の実践度の調査や向精神薬の処方行動の調査などが既にスタートしています。これらの成果が得られると、最終的により適切な治療が広く行われるようになることが期待されます。
 本研究成果は、日本時間2019年8月23日(金)午前3時に「Psychiatry and Clinical Neurosciences」オンライン版に掲載されます。

2、研究の背景
 精神科医療においては、薬物療法と心理社会的療法がその両輪ですが、その実践については、臨床家ごとのばらつきが大きいことが問題でした。例えば、代表的な精神疾患の一つである統合失調症においては、抗精神病薬の単剤治療を行うことが海外の各種ガイドラインで推奨されているものの、日本では諸外国と比較して突出して抗精神病薬の多剤投与が多く、薬剤数が多いことが知られています。そこで2011年の日本精神神経学会でのシンポジウムで、統合失調症における多剤療法の問題が取り上げられました。抗精神病薬の多剤併用率が65%程度であり、抗パーキンソン薬、抗不安薬/睡眠薬、気分安定薬の併用率もそれぞれが30-80%と高いことが報告されました。そして、2014年には、向精神薬の多剤処方に対する診療報酬の減額が決定しました。その後、「統合失調症薬物治療ガイドライン」が2015年9月に日本神経精神薬理学会より発表されました。このガイドラインは、精神科領域において日本初のMinds法に則ったエビデンスに基づいたものであり、統合失調症においては抗精神病薬の単剤治療を行うことを明確に推奨しています。また、日本うつ病学会においてもうつ病と双極性障害の治療ガイドラインが発表されています。

 しかし、このような状況にもかかわらず、まだこれらの治療ガイドラインが十分に普及したとはいえない状況にあるため、よりよい精神科医療を広めるための工夫が必要でした。そこで、ガイドラインのガイドラインを作成している日本医療機能評価機構EBM普及推進事業Minds(マインズ)は、ガイドラインの作成だけでなく、その後の普及・教育・そして検証を行うことを推奨し、本研究グループは、精神科領域においてガイドラインの作成・普及・教育・検証そして改訂を、当事者・家族・支援者と共に行う研究を進めることとなりました。

3、本研究が社会に与える影響(本研究の意義と展望)
 EGUIDEプロジェクトで講習を行うことによりガイドラインの普及が進み、若手の精神科医に対してより適切な治療教育が行われることになります。その結果、より適切な治療が広く行われるようになることが期待できます。診療現場におけるガイドラインの利活用が進むことは、ガイドラインを用いたSDM(Shared Decision Making: 共同意思決定)が広く行われるようになり、当事者の真の幸福の実現につながると考えられます。また、教育効果を検証することにより、さらに効果的な講習の方法論が今後も開発され、精神科医および精神科医療にかかわるメディカルスタッフへの生涯教育法の開発や、当事者やその家族への教育にもつながる可能性があります。

[用語解説]
※ 治療ガイドライン:
患者と医療者を支援する目的で、臨床現場における意思決定の際の判断材料の一つとするために、 科学的根拠(エビデンス)に基づき、系統的な手法により作成された推奨を含む文書。
 
※ 統合失調症:
約100人に1人が発症する精神障害。思春期青年期の発症が多く、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害等が認められ、多くは慢性・再発性の経過をたどる。社会的機能の低下を生じ、働くことが困難で自宅で闘病する患者が多いだけでなく、日本の長期入院患者の約70%が統合失調症。
 
※ うつ病(大うつ病性障害):
約100人に3-16人が発症する精神障害。抑うつ症状、興味や喜びの減退、不眠、食欲不振、不安・焦燥、意欲低下、罪悪感、思考力の減退などが認められ、社会機能の障害を引き起こす。
 
※ SDM(Shared Decision Making: 共同意思決定):
患者と治療者が治療に関する情報を双方に共有し話し合い、患者の好みや価値観に沿った最適な選択を共に行うプロセス。

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