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2026年06月03日【プレスリリース】生理学
学校法人 東京女子医科大学

末梢神経損傷後の視床ニューロンの過興奮を遠隔性に調節する
ミクログリアと抑制性メカニズムの解明

 
 
Point
● 末梢神経の切断後、視床ニューロンは過興奮しやすい状態に変わっていました。この変化には膜電位の過分極化、入力抵抗の減少、HCNチャネルの機能低下が関与していました。
この視床ニューロンの状態変化には、末梢神経切断後の視床ニューロンにおける持続性抑制性入力の増強が必要でした。
末梢神経切断は視床へ感覚情報を送る脳幹領域でミクログリア凝集を引き起こしますが、このミクログリアは視床ニューロンの発火特性変化だけでなく、視床の持続性抑制の増強にも必要でした。
よって、末梢神経切断は、(1)損傷神経が入力する脳幹領域でのミクログリア凝集・活性化、(2)視床ニューロンでの持続性抑制増強、(3)視床ニューロンの膜特性の変化を介して、視床ニューロンが過興奮となりやすい状態に変えることが示唆されました。
末梢神経損傷に伴うこの連鎖的な変化は、直接損傷を受けない脳神経回路機能の可塑的変化を引き起こし、神経障害性疼痛の発現に関わる感覚伝導路の過興奮に寄与すると考えられます。
 
 
Ⅰ 研究の背景と経緯 
                                                                          
末梢神経損傷後のアロディニア(通常は痛みとならない程度の弱い刺激が痛みとなる)や、四肢切断後に高頻度で生じる幻肢痛のような神経障害性疼痛は、末梢部が治癒した後も長く持続される難治性の慢性疼痛です。罹患率は数%が見込まれており、本邦でも数百万人規模の患者がいると推定されています。痛みの発現には末梢の損傷で誘導される中枢神経回路や機能の可塑的変化が関与します。その一つとして、脳や脊髄の過興奮によって痛みの信号が増強される中枢性感作と呼ばれる変化があります。これまで、国内外で脊髄の中枢性感作や、それを引き起こすメカニズムについての研究が盛んに進められてきました。一方、脊髄の研究と比較すると、より上位の中枢神経系である脳における中枢性感作のメカニズムは不明な点が多く残されています。特に、末梢部での変化が、どのようなメカニズムで直接損傷を受けない中枢神経系に変化をもたらすのかはまだよくわかっていませんでした。
 
 
Ⅱ 研究の内容
 
末梢神経損傷のモデルとして、ヒゲ感覚を支配する眼窩下神経(三叉神経の枝)を切断したマウスを用いました。マウスのヒゲ感覚は眼窩下神経→脳幹→視床→大脳皮質の順番に伝達されます。この中で、視床は脳幹からの入力を大脳皮質に中継する役割を持ちます。視床ニューロンは持続的かつリズミックな活動電位の発生となるトニック発火と、短い間に高頻度の活動電位が連発するバースト発火の二つの発火モードの遷移によって大脳皮質への出力を調整しています。発火モードの遷移には膜電位が関係しており、視床ニューロンの膜電位が脱分極側に移行するとトニック発火が、過分極側に移行するとバースト発火が表れやすくなることが知られています。また、視床ニューロンでバースト発火が増強すると、大脳皮質により強い興奮を引き起こすと考えられています。

実際の実験では、眼窩下神経を切断したマウスの脳スライス標本を作製し、細胞が生きている状態で単一の視床ニューロンからホールセル・パッチクランプ法により電気応答を記録しました。神経切断2/3日後から1週間後にかけ、体性感覚視床ヒゲ領域のニューロンの静止膜電位は過分極側に移行し、入力抵抗は低下していました。この状態のニューロンは、活動電位が発生する閾値まで膜電位が脱分極するのに強い入力が必要になります。ニューロンに長い(1秒)の持続した脱分極電流を注入すると、正常マウスに比べ、神経切断マウスのニューロンではバースト発火が生じる確率が増えました。バースト発火の後は活動電位が発生しにくくなるため、神経切断マウスでは、1秒間の脱分極刺激の間に発生する活動電位の頻度も低下し、リズミックな活動電位が生じにくくなっていました(図1)。
 

 
図1.眼窩下神経切断後の視床ニューロンの膜・発火特性の変化
 
 
視床ニューロンのバースト発火には複数のイオンチャネルの関与が知られています。代表例として、伝依存性カルシウムチャネルがありますが、眼窩下神経切断後も、その電流自体には大きな変化はありませんでした。活動電位が発生すると、その後で膜電位の再分極、過分極に続いて再度の脱分極に移行することで、リズミックな活動電位が持続します。この過程には、過分極で開口し、陽イオン(ナトリウムイオンやカリウムイオン)を細胞内に通すことで脱分極を促進するHCNチャネル(*)が関与します。実験的には、ニューロンに過分極電流を注入した際、膜電位が脱分極側に振れる応答から、HCNチャネルの働きを推定できます。眼窩下神経切断後、視床ニューロンでは過分極電流注入によるHCNチャネルの応答が小さくなっていました。また、膜電位固定法により直接HCNチャネル電流を計測すると、眼窩下神経切断後の視床ニューロンでは、膜電位がより過分極側に移行しないとHCNチャネルが開口しにくくなっているHCNチャネルの機能低下が認められました。眼窩下神経切断後のニューロンでは膜電位が過分極化します。これは、低閾値活性型(T型)の電位依存性カルシウムチャネルの脱不活性化に必要で、そこから膜電位が脱分極側に移行すると開口し、脱分極をブーストすることでバースト発火を引き起こすことができます。ただ、HCNチャネルの機能低下のため、活動電位後の再分極、過分極から脱分極への揺り戻しが損なわれ、リズミックに持続する活動電位が生じにくい状態になっていると考えられました。
 
我々は以前に眼窩下神経切断後の視床ではシナプスの外側に局在するGABAA受容体を介した持続性抑制が増強すること(Nagumo et al, Cell Rep, 2020)、一方、視床に感覚情報を送る脳幹領域では脳の免疫細胞であるミクログリア(グリア細胞の一種)が凝集することを報告していました(Ueta and Miyata, Cell Rep, 2021)。持続性抑制は持続的な細胞内への塩化物イオン流入を引き起こし、膜電位を過分極化させるため、視床ニューロンの膜・発火特性の変化に寄与している可能性が考えられました。そこで、シナプス外GABAA受容体発現を視床ニューロンから取り除く遺伝子改変マウスを用いて調べたところ、このマウスでは眼窩下神経切断による視床ニューロンの膜・発火特性の変化は起こりませんでした。次に、ミクログリアの増殖シグナルを阻害する薬剤をマウスに与え、脳全体からミクログリアを除去した状態でも、眼窩下神経切断による視床ニューロンの膜・発火特性の変化は生じなくなっていました。また、このミクログリアが除去された状態では、眼窩下神経切断による視床ニューロンでの持続性抑制増強は起こりませんでした。ミクログリアは神経活動を制御する役割を持ちます。一方、眼窩下神経切断後のミクログリア凝集は脳幹領域特異的に起こります。そこで、視床または脳幹局所的にミクログリアのアポトーシスを誘導したところ、視床ではなく、脳幹のミクログリア除去で眼窩下神経切断後の視床の持続性抑制増強を抑えることができました。これらの結果から、眼窩下神経切断は、損傷神経が入力する脳幹領域でミクログリアを活性化し、その影響が視床の持続性抑制増強を介して視床ニューロンの内在的特性を変え、視床ニューロンでバースト発火が生じやすい状態を作り出していると考えられます(図2)。
 

図2.体性感覚経路上のミクログリアと抑制性入力の連鎖的な変化による視床ニューロン発火の制御
 
 
 Ⅲ  今後の展開

今回、脳幹領域のミクログリアが遠隔性に視床ニューロンの発火モード遷移を引き起こすメカニズムを明らかにしました。末梢神経損傷後の中枢性感作を制御するには、ミクログリア、シナプス外GABAA受容体、HCNチャネルなどの細胞や分子が治療標的となる可能性があります。特にミクログリアの活動を制御できれば、脳幹より上位の変化を抑えることができる可能性があります。これまで多くの国内外の様々な急性疼痛および慢性疼痛の研究で、ミクログリアは脊髄や脳の中枢性感作など、可塑的変化を制御する因子として注目され、実験動物レベルでは再現性良く疼痛を抑える標的細胞であることが報告されています。しかし、ミクログリアは非常に多面的な性質を持ち、神経系の様々な調節に関与するため、ミクログリア自体をなくしてしまうアプローチは、実際の患者への治療としては難しい側面があります。今回の研究でも、脳幹のミクログリア依存的な視床の持続性抑制調節が重要であることはわかりましたが、ミクログリアと持続性抑制の変化を繋ぐメカニズムは不明のままです。今後、ミクログリアと神経系の機能連関を担うより限局した分子メカニズムを明らかにすることで、より限局した分子標的治療を実現できる可能性があると考えています。

 
Ⅳ 謝辞

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(科研費:20H05916, 21K06444, 23H02592, 25K09856)、およびブレインサイエンス振興財団、武田科学振興財団、金原一郎記念医学医療振興財団、住友財団、中冨健康科学振興財団の支援を受けて実施されました。



【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
植田 禎史(ウエタ ヨシフミ)
東京女子医科大学 医学部 生理学講座細胞生理学部門 講師
〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1
Tel&Fax:03-3353-8112
E-mail: yueta@twmu.ac.jp
 
宮田 麻理子(ミヤタ マリコ)
東京女子医科大学 医学部 生理学講座神経生理学分野 教授
〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1
Tel&Fax:03-3353-8112
E-mail: mmiyata@twmu.ac.jp
 
<報道担当>
東京女子医科大学 広報課
〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1
Tel:03-3353-8111 Fax:03-3353-6793
E-mail: kouhou.bm@twmu.ac.jp
 

【プレス情報】
1.掲載誌名: Progress in Neurobiology
2.論文タイトル: Peripheral nerve injury increases the probability of thalamocortical burst firing remotely via microglia-dependent enhancement of tonic inhibition
3.著者名: Yoshifumi Ueta*, Mariko Miyata*
  (*はcorresponding author、アンダーラインは本学所属の著者)
4.DOIコード: 10.1016/j.pneurobio.2026.102923
5.論文のオンライン掲載日と報道解禁日(Embargo): 2026年5月5日