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2021年03月22日研究成果消化器外科学
患者由来のミニ癌(癌オルガノイド)を利用した個別化医療
オルガノイドと遺伝子解析を組み合わせた膵・胆道癌の個別化医療モデルを開発

 
国立大学法人東北大学
学校法人東京女子医科大学
 
【研究のポイント】
・膵臓癌および胆道癌(以下、膵胆道癌)の外科切除検体から癌オルガノイド注1(三次元細胞)の高効率な培養に成功した
・腫瘍組織を用いて遺伝子の全エクソン解析注2を行い、導き出された個別化治療薬の効果を癌オルガノイドで確認した
・癌オルガノイドと遺伝子解析を用いることで、個々人に最適な治療薬を選択・検証できるシステムを開発できた

【研究概要】
 膵胆道癌は治療が難しく予後の悪い癌です。そのため、患者個々の遺伝的背景、環境、ライフスタイルを考慮し、個々人に最適な医療を提供する個別化医療が必要となってきます。今回、東北大学大学院医学系研究科病態病理学分野の椎原正尋大学院博士課程学生、古川徹教授のグループは、東北大学病院総合外科、東北大学未来型医療創成センター、及び東京女子医科大学消化器・一般外科と共同で、難治癌である膵胆道癌の個別化医療モデルを開発しました。本モデルシステムでは手術で切除された患者由来の腫瘍組織から癌オルガノイド(三次元細胞)を作成し、同時に腫瘍組織の網羅的遺伝子変異解析を行って個々の腫瘍に対し最適な治療薬候補を見出しました。実際に患者由来の腫瘍から分離培養された癌オルガノイドに候補治療薬を投与し、その効果を検証することで真に有効な治療薬の選択が可能となります。このモデルの臨床応用にむけて、システムの簡易化と適応拡大が期待されます。
 この研究成果は、2021年3月19日に英国の学術誌「European Journal of Cancer」に掲載されました。
 
【研究内容】
 膵胆道癌は治療が難しく予後の悪い癌として知られています。その要因のひとつとして薬物治療法の選択肢が他の癌と比較して明らかに少なく、しかも、その薬剤が効く効率も低いことがあげられます。癌の発生には遺伝子変異が大きく関与し、かつ、その種類や変化の仕方が極めて多岐にわたるため、患者個々の遺伝的背景、環境、ライフスタイルを考慮し、個々人に最適な医療を提供する個別化医療が必要となってきます。特に、膵胆道癌のような治療の選択肢の少ない癌では、腫瘍個々の遺伝子解析による個別化医療が予後を改善させる打開策になると考えられています。しかし、実際に候補とした薬物がどの様な効果をもたらすかは不確定であり、その検証システムの開発が求められていました。
 オルガノイドとは「ミニ臓器」と言われる三次元構造体です。従来研究で用いられてきた二次元細胞よりも生体内の細胞に近いとされ、患者の癌組織から作り出された癌オルガノイドは、癌モデルとして様々な研究への応用が期待されています。本研究では、このオルガノイドの特性を生かせば、膵胆道癌に対する個別化医療の検証システムとして用いることができるかもしれないと考えました。54人の患者から得られた癌組織の検体からオルガノイド培養を試みました。その結果、培養細胞は風船状オルガノイドと塊状オルガノイドに分類できることを見出しました。また、病理学的特徴と遺伝子変異の確認から、風船状オルガノイドは正常細胞由来のオルガノイドであり、塊状オルガノイドが真の癌オルガノイドであることが明らかとなりました。塊状の癌オルガノイドを選択的に培養していくことで、以前の報告よりも高確率で膵胆道癌由来オルガノイドを培養することに成功しました。
 つぎに、今まで培養成功報告の少ない胆道癌について、腫瘍組織から抽出したDNAの全エクソン解析を行い、胆道癌には多岐にわたる様々な分子異常が関与していることが示されたものの、癌の原因となる全体に共通した遺伝子変異は認めらませんでした。この結果より、個別化の重要性が確認されました。さらに、個別の遺伝子変異プロファイルから治療標的となり得る候補分子を見出し、それらに対する特異的阻害薬の効果を患者由来の癌オルガノイドで確認することができました。特に、今回の研究では、遺伝子候補の中から胆嚢癌症例で遺伝子変異を起こしていたインテグリン結合キナーゼ注3(ILK)遺伝子に注目しました。ILK遺伝子の変異は他の癌腫では発癌に関与している報告が認められていますが、胆道癌では明らかになっていませんでした。ILKタンパク質の阻害剤を患者由来の癌オルガノイドに作用させたところ、細胞増殖が抑制され、ILKタンパク質の標的であるリン酸化AKT注4タンパク質の量が減少したことから、この患者の癌に対してこの薬剤が実際に効果を示す可能性が高いことを示すことができました。
 
 結論:本研究成果により、癌患者由来の癌オルガノイドを癌のモデルとして使用する有効性が明らかとなり、オルガノイドの特性を生かした個別化医療システムを開発することができました。癌ゲノム医療が普及していく中で、腫瘍個々のゲノム情報に基づいた個別化医療の重要性がさらに増してきています。特に難治癌である膵胆道癌に対する個別化医療の期待は大きく、実際に患者の癌について候補薬剤の効果を検証できる本研究で開発したシステムは、より効果的な個別化医療の実践につながることが期待されます。
 
 支援:本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(16H05165)、日本膵臓病研究財団の支援を受けて行われました。
 
【用語説明】
注1.オルガノイド:組織の特性を保ちながら生体外で増殖する三次元構造体である。もととなる臓器のミニチュア版として「ミニ臓器」と呼ばれている。癌細胞から作り出されたオルガノイドは癌オルガノイドと呼ばれ、癌研究への応用が期待されている。

注2.全エクソン解析:全ゲノムのうち、タンパク質に翻訳される領域の塩基配列を網羅的に次世代シークエンサーで解析する手法。遺伝性疾患の多くがエキソン領域の異常によって引き起こされると推測されている。

注3.インテグリン結合キナーゼ:細胞間・細胞基質間橋分子であるインテグリンと結合して働くリン酸化酵素で、がんの増殖と転移に関係する。

注4.リン酸化AKT:リン酸化酵素でILKによりリン酸化されることで活性化し、がん細胞の生存、増殖、代謝に関与する。

【論文題目】
Title: Development of a system combining comprehensive genotyping and organoid cultures for identifying and testing genotype-oriented personalized medicine for pancreatobiliary cancers.

Authors: Masahiro Shiihara, Tomohiko Ishikawa, Yuriko Saiki, Yuko Omori, Katsuya Hirose, Shinichi Fukushige, Naoki Ikari, Ryota Higuchi, Masakazu Yamamoto, Takanori Morikawa, Kei Nakagawa, Hiroki Hayashi, Masamichi Mizuma, Hideo Ohtsuka, Fuyuhiko Motoi, Michiaki Unno, Yasunobu Okamura, Kengo Kinoshita, and Toru Furukawa.
 
タイトル:オルガノイド培養と網羅的ゲノム解析を用いた膵胆道癌の個別化医療システムの開発
 
著者名:椎原正尋、石川智彦、斎木由利子、大森優子、廣瀨勝也、福重真一、碇直樹、樋口亮太、山本雅一、森川孝則、中川圭、林洋毅、水間正道、大塚英郎、元井冬彦、海野倫明、岡村容伸、木下賢吾、古川徹
 
掲載誌名:European Journal of Cancer
DOI:10.1016/j.ejca.2021.01.047

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