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2018年11月05日医師の科学的思考力を養う研究プロジェクト
研究プロジェクト 医師として必要な科学的思考力を養う

東京女子医科大学医学部の3年生は、毎年12月に学内50超の研究部署に分散し、3週間にわたって研究活動にいそしむ。それが「研究プロジェクト」というカリキュラムである。

■学年縦断型のカリキュラム
 研究プロジェクトは2013年度から導入されたカリキュラムで、医学部3年生を対象に、希望する研究部署での研究活動を通じて医師として必要な科学的思考力や研究マインドを修得することを目的としている。「12月の3週間が必修期間ですが、その前から研究を開始し、期間終了後も継続して研究することも可能で、全学年にまたがる縦断型のカリキュラムと位置づけられています」と、研究プロジェクト委員会の藤枝弘樹委員長(解剖学教室教授)はその特徴について語る。
 学生たちは3年生になるとすぐに、研究プロジェクトについてのオリエンテーションを受ける。そして、6月に希望する研究部署を第5希望まで書いて申し込み、7月上旬に配属先が決まる。この間、すでに特定の部署に出入りして研究活動を開始している学生には、優先的に当該部署へ配属するための内定制度も設けられている。
 9月に入ると、学生はそれぞれ配属先の指導担当者と面談し、研究テーマや研究内容について打ち合わせをする。10~11月には個人情報取扱講習会をはじめ、研究テーマによって義務づけられている各種講習会を受講し、12月からの研究開始に備える。
 研究活動がスタートすると、期間内にその成果を配属部署内で発表するとともに、終了後には研究レポートにまとめて提出しなければならない。発表は学会発表に準じた形式で、研究レポートは論文形式での記述が求められる。また、期間内に学会発表と同じような経験が得られる「ポスター発表会」も開催され、その場で研究成果を発表するという道も開かれている。
 2017年は109名の学生が55の研究部署に配属され、12月1日から22日まで研究活動に取り組んだ。その中の3つの研究部署にスポットを当ててみよう。

■基礎研究志向がさらに鮮明に
病理学第一教室で実験に励む。
ポスター発表会で質問に答える。

 病理学第一教室に配属されたSさんは、2年生のときから教室に出入りしていた。研究テーマは「グリオーマ(神経膠腫)とエピジェネティクス」。グリオーマとは悪性脳腫瘍、エピジェネティクスとはDNA塩基配列の変化を伴わず、別の物質が付加されることによってDNAの機能が変わるという遺伝現象である。
 SさんがDNAに興味を抱いたのは、小学生のときに見た映画「ジュラシック・パーク」がきっかけだったとか。そして、「女子医大でも1学年後期の『遺伝と遺伝子』の講義が印象深く、がんは遺伝子の変異によって起こる病気だと教わりました。が、それだけではなくエピジェネティクス変化もからんでいるということを知り、“目からウロコ”でした」と、エピジェネティクスへの関心が大きく高まったという。
 Sさんを指導した増井憲太助教は、グリオーマを含むがんのエピジェネティクス変化をメインの研究分野としている。エピジェネティクスのメカニズムに興味を持ち、脳神経への関心も高かったSさんにとって、研究テーマはまさにうってつけだったといえよう。
 「研究期間中は毎日充実していて、いろいろな発見がありました。実験の組み立て方を学べたのが一番の収穫です」というSさんは、ポスター発表会にも参加して生き生きと質問に答えていた。
 増井助教は、「Sさんは一つ一つしっかり考えながら前へ進んでいくタイプで、疑問があればすぐに質問してきます。疑問が生まれるということは研究者として大事な資質です。病気のメカニズムを解明することによって、将来的に多くの患者さんを救うという形で医療に貢献する。そういう基礎研究志向の人が少ない中、彼女は貴重な存在ですね」と評した。


■小児もやもや病の手術に立ち会う
脳神経外科に配属され、小児もやもや病の手術を見学する。
研究成果を発表する。

 12月12日、「小児もやもや病に対する治療法」を研究テーマに、中央手術室でその手術を見学するMさんの姿があった。手術の助手を務めたのが、Mさんを指導した脳神経外科・小児脳神経外科担当の千葉謙太郎助教である。手術は、その準備も含めて約5時間を要したが、Mさんは最初から最後までずっと立ち会った。
 もやもや病は、脳内の主幹動脈が閉塞していく一方、血流を維持するために細い血管が増えて煙のようにもやもやした状態になる疾患である。小児では構音障害(正しく発音できない症状)や麻痺、しびれ、頭痛などの症状を伴う。外科的治療法として、頭の外の血管を頭の中につなぐ直接バイパスと、血管を有する組織を頭の中に敷くことによって新生してくる血管が血流を補う間接バイパスがある。女子医大では小児もやもや病に対して両者を併用しているのが特徴である。
 Mさんが脳神経外科での研究を希望したのは、「授業で学んだばかりなので実際の臨床現場を体験したかったからです。また、小児科にも興味がありますので、小児もやもや病をテーマにできたことは幸運でした」という。そして、「手術室へ入ったのは初めてで、肉眼では見えないような血管を手術する場面に立ち会えたことは貴重な経験となりました」と語る。
 千葉助教は、「小児もやもや病の症例は少ないのですが、たまたま研究プロジェクト期間中に手術をする患者さんがいましたので、術前・術後も含めてしっかり臨床のポイントを学んでほしいと思い、研究テーマとしました。Mさんは期待どおり熱心に学び、途中経過の報告もよくまとまっていました」と評価。12月21日のカンファレンスでの研究発表でも、医局員から高い評価を得ていた。

■学会での発表が最終ゴール
循環器小児科の稲井慶講師から指導を受ける。
「疑問解決の糸口を探す習慣がつきました」と話す2人。

 循環器小児科教室ではNさんとHさんの2人が研究に臨んだ。研究テーマは、Nさんが「22番染色体欠失症候群における精神的合併症」、Hさんは「完全大血管転位症ジャテーン術後患者の妊娠・出産」。それぞれのテーマと研究ポイントについて、指導した稲井慶講師は次のように説明する。
 「Nさんのテーマである22番染色体欠失症候群は、心疾患をはじめさまざまな合併症を伴いますが、特に精神的合併症である統合失調症の発症率が高いことが分かっています。では、どういう人が統合失調症になりやすいのか、患者さんの家庭環境やIQなどの属性から予測してもらうことにポイントを置きました。Hさん
のほうは、生まれつき心臓大血管の位置関係が逆なため新生児期にその転換手術(ジャテーン術)を受け、結婚適齢期を迎えている女性が多いことから、そういう人たちが安心して妊娠・出産できるかどうかということを研究テーマとして設定しました」。
 Nさんは研究を進めていくうちに、「心疾患のある患者さんが、ストレスが原因で精神疾患を発症してしまうケースがあることがよく分かってきました。心疾患だけを治療するのではなく、全身的にケアすることの重要性を学ぶことができました」という。Hさんは、「ジャテーン術の歴史は浅いため、それを受けた女性たちの妊娠・出産例はまだ多くはありません。それだけに研究のしがいがあり、安心して妊娠・出産できるようなヒントが見つかればと思っています」と語った。
 「新しい治療法を創造し、患者さんに提供していくことが大学病院の大きな役割であり、そのためには絶え間なく臨床研究を続けていかなければなりません。研究プロジェクトを通してそういうことも学んでほしいですね」と語る稲井講師は、研究レポートの提出にとどまらず、今年7月に行われる学会での発表を最終ゴールに据えている。「審査を通過して学会で発表するチャンスをつかめば、本人たちにとって大きな自信につながります」。
 NさんとHさんは、研究プロジェクト期間を過ぎても稲井講師の指導を仰ぎ、2018年7月の学会での発表をめざしている。
「Sincere(シンシア)」9号(2018年1月発行)