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2016年07月21日千葉県の周産期医療“最後の砦”
総合周産期母子医療センター

安心・安全なお産をサポートする 千葉県の周産期医療の“最後の砦”


東京女子医科大学附属八千代医療センターは、千葉県に2つしかない総合周産期母子医療センターの1つに指定されている。
総合周産期母子医療センターは、MFICU(母体・胎児集中治療室)6床以上、NICU(新生児集中治療室)9床以上を有し、常時、母体および新生児の搬送を受け入れる体制を整え、リスクの高い妊娠に対する医療や高度な新生児医療などの周産期医療を提供できる施設である。妊娠22週から出産後7日未満までの期間を周産期という。八千代医療センターはMFICU6床、NICU21床を有する我が国有数の総合周産期母子医療センターで、母体胎児科と新生児科の2つの診療科で構成されている。それぞれの科の動きと医療の特徴などをレポートしよう。

 




■年間約150件の救急搬送を受け入れる

 今年4月半ば、Aさんは妊娠高血圧症候群のため母体胎児科のMFICUに入院。血圧をコントロールしながら妊娠37週での出産が予定された。だがその後、血圧コントロールが難しい状態となり、分娩時に母子とも危険を伴うとみられることから、35週で帝王切開により出産した。
 Aさんはそれから1週間、血圧コントロールを行って退院。新生児科のNICUに入院していた赤ちゃんも、無事に家へ帰ることができた。
 母体胎児科のMFICUには、Aさんのような重症妊娠高血圧症候群や合併症妊娠、切迫早産、胎児異常などのハイリスク妊娠に対応するため、超音波診断装置や人工呼吸器、生体情報モニター、分娩監視装置などが備えられている。
 合併症妊娠とは、病気を持つ人の妊娠のこと。例えば、糖尿病の人が妊娠すれば糖尿病合併妊娠となり、流産や早産のリスクが高まるほか、新生児にも低血糖症や呼吸障害などの合併症が起きやすくなる。また、妊娠中は胎盤から血糖値が上昇しやすい物質が分泌されるため、妊娠中に糖代謝異常が発見される場合もある。これが妊娠糖尿病である。
 八千代医療センターには、このようなハイリスク妊娠の妊婦さんや、破水、切迫早産、双子の妊娠などで早産・低出生体重児出産となりそうな妊婦さんが、千葉県の各地から搬送されてくる。また、分娩中の産道出血でショック状態の人や、産褥異常の人が搬送されてくるケースもある。ちなみに、母体胎児科に救急搬送される件数は年間約150件を数える。


■生命の誕生に立ち会えるすばらしさ

 千葉県で総合周産期母子医療センターに指定されているのは、八千代医療センターと亀田総合病院の2つしかない。亀田総合病院は鴨川市にあるため、人口が密集する都市部を中心としたエリアでの救急母体搬送は、八千代医療センターに集中する。その意味で、「ここは千葉県における周産期医療の最後の砦であり、我々スタッフはその自負と矜持を持って任務にあたっています」と、正岡直樹教授は胸を張る。
 母体胎児科のスタッフは婦人科も兼務しているが、常勤の医師は11 人と少ない。その中で、2人当直・オンコール(いつでも対応できるよう待機していること)1人の態勢をとっているため、自ずとスタッフの当直回数が多くなる。「私も月に7~8回当直をしています。おそらく日本で最も多く当直回数をこなしている婦人科ではないでしょうか」と正岡教授。さらに、「我々は生命の誕生というすばらしい瞬間に立ち会えるわけです。それだけにやりがいがあります」という。
 千葉県は母親の出産年齢が高齢化しつつあり、帝王切開も増加傾向にある。母体胎児科の果たす役割はますます重要となってくるのはいうまでもない。





■増加傾向にある低出生体重児

 新生児科の看護師が、21床あるNICUで赤ちゃんのケアにいそしんでいたある日の午前10時20分、呼吸が正常ではない新生児が救急搬送されるとの連絡が入った。30分後の10時50分、救急車が到着し、赤ちゃんを乗せたストレッチャーがNICUに運び込まれ、直ちに近藤乾教授らが治療に当たった。
 八千代医療センターの新生児科に救急搬送される件数は、年間約100件を数える。この日搬送された赤ちゃんは、幸い症状が比較的軽かったため、まもなく退院の運びとなった。
 NICUには、この赤ちゃんのように呼吸障害を持った新生児や、体重が2,500g未満の低出生体重児などを治療するために、保育器をはじめ人工呼吸器、微量輸液ポンプ、呼吸管理モニターなどの機器が備えられている。NICUは昨年4月に6床増床されて21床となり、後方病床のGCU16床と併せ、さらに充実した施設となった。
 千葉県における低出生体重児の出生割合は、全国平均を下回っているとはいえ9.2%を占め、その割合は増加傾向にある。NICUに入院する赤ちゃんは、その約7割が低出生体重児であり、1,000g未満の超低出生体重児も少なくない。


■高度なテクニックと献身的なケア

 近藤教授は、「赤ちゃんが1,500g 未満、1,000g 未満と小さくなればなるほど、ケアには高度なテクニックが要求されます」という。例えば、体温が低ければ単純に保育器の中を温めればよいかというと、そうではない。温度を上げると皮膚が乾燥してしまうため、同時に湿度も上げなければならない。体温を維持するだけでものすごく神経を使い、微妙なコントロールをしなければならないのである。
 また、心電図や呼吸管理モニターの電極パッドをそのまま貼ると皮膚が剥がれてしまうため、パッドを小さくして電極が当たる部分にゼリーを塗り、置くだけにする。このように、一つ一つのケアが繊細で高度なテクニックがなければ対応できない。
 NICUの中には、布製のカバーで覆われた保育器が散見される。こうすることによって、赤ちゃんが胎内にいる状態に近い環境をつくり、音や光の影響を和らげているのである。また、仰向けではなく、胎内にいるときと同じような体勢で保育器に入っている赤ちゃんもいる。これも、新生児科ならではケアテクニックである。
 「日本の中小企業は技術力の高さに定評があります。新生児科のケアテクニックも、中小企業の技術力に通じるものがあります。しかも、日本人は献身的にケアを行います。日本の新生児の死亡率が世界で最も低いのは、こうした高度なケアテクニックと献身的なケアによるところが大きいのではないでしょうか」と、近藤教授が締めくくってくれた。