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2026年01月23日【研究論文】生理学(神経生理学分野)

思春期のストレスが「触覚の脳回路」を再編し、感覚精度を低下させることを発見
 
 
東京女子医科大学・医学部・生理学(神経生理学分野)
中山寿子,宮田麻理子
 
東京女子医科大学・医学部・生理学(神経生理学分野)の中山寿子准教授、宮田麻理子教授・基幹分野長らの研究グループは、思春期の社会的孤立ストレスが、触覚情報を中継する視床の神経回路を再編し、触覚識別精度を低下させることをマウス実験で明らかにしました。この神経回路の再編は、思春期の社会的孤立によって放出されるストレスホルモンとその受容体の活性化が関与していることも分かりました。さらに、このシナプス再編は思春期のうちに社会的環境を回復させることで部分的に改善できることも明らかになりました。これらの発見は、思春期脳の社会的なストレスに対して脆弱になるメカニズムの解明につながるものです。本成果は2025年11月26日、国際オンライン学術誌Communications Biologyに掲載されました。
 
Point
 
○ 思春期のストレスは触覚情報を伝える視床の神経回路に構造的・機能的な変化を引き起こすことを発見。
○ 1つの神経細胞への入力線維の「数」が増える一方で、1本あたりの「結合強度」が弱くなるというシナプス再編が生じる。
○ このシナプス再編は、視床ニューロンのグルココルチコイド受容体の活性化に依存する。
○ 思春期に孤立したマウスでは、触覚による質感識別能力や距離推定能力などが低下し、触覚行動に異常が生じる。
○ 思春期のうちに社会的環境を回復させると、シナプス変化の一部は改善。 
○ 本研究は、思春期が感覚脳回路にとって特に脆弱な時期であることを示し、ストレスによる感覚異常の解明に新たな知見を提供する。    




本研究の概要図

 
■研究の背景■

私たちは日常生活でさまざまな心理的ストレスを経験します。短期的で軽度なストレスは、適応的な反応をもたらす一方、慢性的かつ重度なストレスは心身の疾患リスク因子となることが知られています。特に、幼少期から思春期は脳が大きく変化する時期であり、この時期のストレスは成人期以降にまでおよぶ情緒障害、依存症、認知機能障害、さらには感覚過敏・鈍麻などの感覚異常のリスクとなることが報告されています。しかし、これらを引き起こす脳内メカニズムは十分には解明されていませんでした。
 
視床は、末梢から入力される触覚情報を大脳皮質へ中継・選別・調節する感覚処理の「ハブ」として重要な役割を担います。これまでストレスの影響は主に大脳皮質や情動系の脳領域に注目して研究されてきましたが、視床そのものがストレスによりどのような影響を受けるのかについては、ほとんど分かっていませんでした。
 
そこで本研究では、思春期のストレスが視床の感覚回路にどのような変化をもたらすのかを、社会的孤立マウスを用いて調べました。社会的孤立は、ヒトにおいても思春期における代表的な心理的ストレスであり、いじめ、不登校、家庭内孤立、パンデミック下の行動制限など、現代社会において生じ得る状況を反映しています。本研究では、1匹で飼育するという単純かつ制御しやすい方法で作成可能なモデルを用いることで、思春期ストレスが感覚回路に及ぼす影響を明確に捉えることを目指しました。


■研究の成果■
思春期の隔離飼育による視床シナプス結合の再編
マウスのひげからの触覚情報は、視床の腹側後内側核(VPM核)を経由して大脳皮質の体性感覚野に届けられます。通常、生後21日目の離乳時点でVPMニューロンに入力する内側毛帯線維は平均1.5本で、離乳後もそれが維持されています。ところが、思春期(離乳後から生後2カ月)に、1匹で隔離飼育したマウスでは、入力線維が平均2.3本に増加し、その代わりに1本の入力線維が発生するシナプス電流の振幅は弱くなるという、通常の生活環境では見られないシナプス結合の再編が引き起こされることが分かりました(図1)。
 

図1. 思春期の隔離飼育による視床神経回路の再編
(a) マウスを離乳(生後21日目)から4週間集団または1匹で飼育したのちに、VPMニューロンへのシナプス伝達を解析。 (b) 実際のシナプス電流。 (c) VPMニューロンに入力する線維数のヒストグラム。隔離飼育マウスで本数の増加が認められる。(d) 各々の入力線維によるシナプス電流の振幅(線維毎)と加算振幅(合計)。隔離群で線維毎の振幅が減弱している。

 
思春期の隔離飼育による触覚識別能力の低下
次に、触覚機能への影響を調べたところ、思春期に孤立を経験したマウスは、通常のマウスが識別可能な物体の質感差を識別できないこと(図2)、また、ひげを使った距離の見積もりが不正確になるという、行動学上の障害を示しました。
 
一方、性的成熟後に孤立させたマウスではシナプス再編も行動上の障害も見られず、孤立によるこれらの変化が思春期特有の現象であることが示唆されました。このことは、思春期の視床神経回路がストレスに対して脆弱であることを示しています。
 

図2. 思春期の隔離飼育による触覚性物体識別能の変化
(a) 表面質感の異なる3つの物体(400, 240, 60, 400’は400と同じ)を用意。400と400’を提示して学習させた後に、400’を240、60に順次入れ替え、マウスがそれぞれの物体を探索する時間を計測。新奇物体(240, 60)を識別していれば、マウスの探索時間は長くなる。 (b) 400に対して400’, 240, 60の探索時間比を新奇物体識別指数としてグラフ化。集団飼育マウスでは、400’に対して240と60どちらにおいても識別指数が有意に増大したが、隔離飼育マウスでは60のみで増加した。

思春期隔離による視床シナプス再編のストレスホルモン依存性
次に、孤立によるシナプス再編のメカニズムを解析しました。思春期の孤立では、最初の1週間に齧歯類のストレスホルモンであるコルチコステロンが大きく上昇することが分かりました。また、この1週間にシナプス再編が生じていることも分かりました。これらのことから、思春期隔離飼育の開始後1週間のストレスホルモン上昇がシナプス再編を引き起こすのではないかと考えました。
 
そこで、思春期の集団飼育条件下でコルチコステロン受容体であるグルココルチコイド受容体(GR)の作動薬(デキサメタゾン)を1週間投与したところ、通常の飼育環境でもシナプス再編が再現されました(図3a-d)。逆に、GR阻害剤(ミフェプリストン/RU486)を隔離飼育の初めの1週間に投与することで、シナプス再編の発生が抑えられました(図3e-h)。さらに、視床ニューロンでGRを欠損する遺伝子組み換えマウスを用いた実験から、視床ニューロンに発現するGRがシナプス再編の誘導に必要であることも分かりました。
 

図3. 思春期の隔離飼育による視床神経回路の再編は、
グルココルチコイド受容体の活性化によって引き起こされる
(a) 離乳(生後21日目)から1週間、集団飼育下でグルココルチコイド受容体の作動薬(DEX)または溶媒のみ(VHCL)を投与したのちに、VPMニューロンへのシナプス伝達を解析。 (b) 実際のシナプス電流。 (c) VPMニューロンに入力する線維数のヒストグラム。DEX群で本数が増加した。 (d) 線維毎および合計のシナプス電流振幅。DEX群で線維毎の振幅が減弱した。 (e) 離乳(生後21日目)から1週間、隔離飼育下でグルココルチコイド受容体の遮断薬(RU486)または溶媒のみ(VHCL)を投与。 (f) 実際のシナプス電流。 (g) VPMニューロンに入力する線維数のヒストグラム。RU486群で本数の増加が抑えられた。 (h) 線維毎および合計のシナプス電流振幅。RU486により線維毎の振幅減弱が抑えられた。
 
隔離による視床シナプス再編は思春期の社会的経験で部分的に回復する
最後に、思春期の孤立で生じてしまったシナプス再編が飼育環境の正常化で改善するかを検討しました。孤立下でシナプス再編が生じた直後、思春期のうちに、別のマウスと2匹で飼育した場合には、異常に増加した入力線維が減少しシナプス機能が部分的に回復しました(図4)。ところが、孤立したまま成獣になったマウスでは、別個体との同居によるシナプス再編の正常化は認められませんでした。このことから、思春期のストレスによって再編してしまったシナプス結合も、思春期のうちに適切な環境に戻すことで回復する可能性が示唆されます。
 

図4. 隔離によるシナプス再編は思春期の社会的経験で部分的に回復する
(a) 離乳(生後21日目)から1週間、隔離飼育したのちに、別のマウスと4週間同居させるか、隔離飼育を継続した。 (b) 実際のシナプス電流。 (c) VPMニューロンに入力する線維数のヒストグラム。同居群で本数が少なく、軽度な回復を示した。 (d) 線維毎および合計のシナプス電流振幅。線維毎の振幅も軽度ではあるが増大した。
 
 
■研究の意義■

本研究は、「思春期の感覚神経回路がストレスに脆弱であり、思春期の社会的孤立ストレスはストレスホルモンを一過性に増加させて視床ニューロンのGRを過剰に活性化し、シナプス結合を再編すると同時に、ヒゲを用いた触覚の識別精度を低下させる」という新しいメカニズムを明らかにしました。これらの発見は、思春期の感覚神経回路が孤立ストレスに対して脆弱な時期であることを示し、ストレスによる感覚異常の解明に新たな知見を提供するとともに、思春期の社会的支援の重要性を科学的に示すものであると考えます。
 
 
■研究費・助成金■

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業科研費(JP20K06862、JP23K06813〈中山〉、JP23H02592、JP23K18258〈宮田〉)、学術変革領域研究(JP20H05916〈宮田〉)、ブレインサイエンス振興財団 研究助成(中山)、ならびに、東京女子医科大学 女性医療人キャリア開発センター 研究助成(中山)の支援を受けて実施されました。

 
■論文情報■
 
掲載雑誌名: Communications Biology
論文タイトル: Adolescent stress remodels synapses in the sensory thalamus and impairs tactile discrimination in mice.
著者名(*は責任著者): Hisako Nakayama*, Mariko Miyata*
所属機関: Division of Neurophysiology, Department of Physiology, School of Medicine, Tokyo Women's Medical University
オンライン掲載日:2025年11月26日
DOI: https://doi.org/10.1038/s42003-025-09075-8
URL: https://www.nature.com/articles/s42003-025-09075-8

 
■本研究に関する問い合わせ先■
 
東京女子医科大学・医学部・生理学(神経生理学分野)
中山寿子
Email: nakayama.hisako@twmu.ac.jp
宮田麻理子
Email: mmiyata@twmu.ac.jp
TEL: 03-5269-7413