血管網付与による3次元組織・臓器の構築
当研究所ではこれまでに、酸素・栄養の透過性や老廃物の除去に起因する作成組織の厚みの限界を克服するためにin vivoで細胞シートの段階的移植法を考案し3次元組織の再生に成功させました。また、さらなる目標であるin vitroでの血管付き3次元心筋組織の再生を目的として、血管床と組織灌流バイオリアクターによる血管網付与システムの開発を進めています。さらに、次世代の心筋再生医療を目指して心臓を補助するポンプとなり得る管状心筋組織の構築も試みています。今後は、より生体内環境を模倣したバイオリアクターを開発し収縮力が増強された厚い管状心筋組織の構築を目指します。管状心筋組織を心不全モデルへ移植し血行動態を改善することができれば新たな治療法となると期待できます。

リンパ構造を導入した再生組織の作製
リンパ浮腫は、体液の過剰な蓄積による慢性的な四肢の腫脹、組織の線維化、皮下脂肪の蓄積、免疫機能の低下、創傷治癒障害、感染リスクの増大などを特徴とする疾患です。外観の変化だけでなく、身体障害を引き起こし、場合によっては生命を脅かすこともあります。二次性リンパ浮腫は、主にフィラリア症やがん治療(リンパ組織の切除や放射線療法など)によって生じるとされ、世界で2.5億人以上が罹患していると報告されています。特に乳がん患者では、乳房切除後に約5人に1人がリンパ浮腫を発症するとされています。リンパ浮腫は一度発症すると生涯にわたる管理が必要となる場合が多く、根治的な治療法が確立していないため、患者のみならず社会や医療制度に大きな負担をもたらします。さらに平均寿命やがんの生存期間が延びるにつれ、リンパ浮腫および関連する合併症に悩む患者数は今後も増加が見込まれます。
現状のリンパ浮腫治療は、手技によるマッサージ、圧迫衣の着用、脂肪吸引、食事療法(特に長鎖脂肪酸の摂取制限)などの保存的アプローチが中心です。一方、近年では血管増殖因子Cなどのリンパ管新生因子が、新たな治療選択肢として注目を集めています。しかし、これらの因子を静脈注射する場合、半減期の短さや分解速度の速さから大量・反復投与が必要となり、過剰投与によるリンパ浮腫の悪化なども懸念されます。
当研究所では、ティッシュエンジニアリング技術を活用し、広範囲な血管付きリンパ管組織をin vitroで構築し、それを移植することで難治性リンパ浮腫を根本的に治療する方法の開発を目指しています。具体的には、体液の恒常性維持に重要なリンパ液の汲み上げと静脈への排出機能を有する“吻合移植型リンパ管組織”を構築し、移植によってリンパ管毛細血管密度を急速に増加させることを狙いとしています。これにより、治癒期間を短縮し、より多くの間質液を効率的に再吸収できるようになることが期待されます。

組織工学により作製する心筋組織の収縮力測定
近年ヒトiPS細胞から心筋細胞を調製する技術が発展し、現在ではヒトiPS細胞由来の心筋細胞が複数の企業で製品化されるに至っています。これらの心筋細胞を再生医療に用いることを目的とした研究に平行して、新薬の開発における非臨床安全性薬理試験に利用することを目指した取り組みもまた世界的に進められています。本研究では、ヒトiPS細胞由来心筋細胞から組織工学により心筋組織を作製し、その拍動における収縮力を測定するシステムを開発しました。現在このシステムを用いて薬効・心毒性評価試験を実施しその有効性を検証するとともに、日本光電社との協同によりその製品化・事業化にも取り組んでいます。近い将来、新薬の開発における現在の動物実験や臨床試験を部分的に代替する非臨床試験法を確立することを目指しています。またその他、移植を目的として作製する心筋組織の収縮機能評価や、病態心筋組織モデルの収縮力測定による病理学的研究への応用も同時に進めています。

拍動する心筋組織の表面電位を計測する超柔軟ナノメッシュセンサー
iPS細胞の分化誘導と細胞シート工学の技術開発により、実際の心臓のように力強く拍動するヒト心筋組織の作製が可能となりつつあります。本研究では、東京大学染谷隆夫教授との共同研究により、拍動する心筋組織の動きをまったく阻害せずに表面電位を計測することが可能な、世界初の超柔軟ナノメッシュセンサーを開発しました。本技術は、創薬において動物実験に代替する薬効・毒性試験の実現や、再生医療用に作製する心筋組織の機能評価に有用です。また本技術を基盤とし、エレクトロニクスを融合した高機能移植組織や生体アクチュエーターの開発へと研究が展開していくことが期待されます。

ポンプ機能を持つドーム状培養心筋組織の構築
ヒトiPS細胞由来心筋細胞からなる細胞シートを駆使してドーム状培養心筋組織(ミニチュア心臓)の構築に成功しました。このミニチュア心臓は、ヒトの心臓と同じようにポンプとして機能し、培養液を循環させることができます。さらに、臨床でも心機能の精密検査として行われる圧力-容積線図の取得にも成功しています。

収縮・弛緩機能が向上する細胞配向制御したヒト心筋組織モデル
より生体に近い心筋組織の構築は、再生医療用組織だけでなく、疾患・創薬研究への応用および生体の心臓を理解する上での大変重要な課題です。生体の心臓では、心筋細胞の向きの揃った組織構造をしていますが、心筋組織全体の収縮・弛緩機能への影響およびその機序については明らかではありませんでした。当研究所では、心筋細胞が配向したヒト心筋組織モデルの作製に成功しました。このような心筋組織では心筋細胞が一方向性に収縮・弛緩するとともに、同期的収縮を促進することで、組織全体の収縮・弛緩機能が向上することを見出しました。本研究成果は、再生医療や疾患・創薬研究用心筋組織開発のみならず、心筋細胞の配列の乱れを有する心疾患の病態解明など幅広い展開が期待されます。

3次元ヒト骨格筋組織モデルと収縮力計測システム
細胞シート技術を応用し、生体に類似した筋線維が配向した構造を形成、さらに十分に収縮するまで成熟化させた構造的・機能的に生体模倣したヒト骨格筋組織を作製することに成功しました。また筋組織に付与した電気刺激により生じる筋収縮を計測するシステムをあわせて構築しました。これにより、筋に作用する薬剤の影響を収縮力の変化によってリアルタイムで捉えることを実現しました。種差が異なる実験動物では得られなかった新たな視点から薬剤の影響を知るツールとして、難治性筋疾患の治療開発などへの応用が期待されます。

一方、生体内で骨格筋は神経から指令を受けて運動しているため、神経組織に異常が生じると筋組織にもその影響が及び異常が生じることがあります。そのようなことから、神経と筋肉の相関関係に着目することは筋疾患の研究において重要です。そこで、当研究所で確立した骨格筋組織を構築する技術を基盤として、骨格筋組織に神経組織を導入しようとする研究を行っています。配向した筋線維とヒトiPS細胞から分化させた神経細胞を共培養すると、神経細胞が筋線維と同じ方向に沿って樹状突起を伸長させることを明らかにしました。さらに、筋線維が神経細胞から指令を受け取る受容体(アセチルコリンレセプター)が筋線維に十分に発現している様子も観察することができました。生理的に連結した神経筋接合部を持つ神経筋組織を安定的に構築することができれば、神経や筋肉の疾患の原因究明や治療法の開発を目指す研究に役に立つと期待しています。




