再生医療を支援する次世代温度応答性培養皿

 1989年に当研究所の岡野光夫教授らは、均一な20ナノメートル膜厚の温度応答性高分子ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PIPAAm)を電子線重合法で表面修飾した温度応答性培養皿を世界に先駆けて開発しました(UpCell®の製品名で上市)。この培養皿は、37°Cで細胞を単層培養した後に、酵素などを用いることなく、20°Cに低下するだけで「細胞シート」としてその構造と機能を損なわずに剥離回収することができます。この発明により単層細胞シートの生体移植による再生医療や積層化3次元組織の構築が可能な細胞シート工学が実現されてきています。

 大型設備が不要で低コスト製造による量産化が期待される温度応答性培養皿の開発を進めています。近年、温度応答性高分子鎖にアンカーとなる疎水性高分子鎖を結合したスマートブロック共重合体を培養皿表面に直接的にナノコーティングする手法を開発しました。この技術で製造したスマート培養基材(Smart Surface Culture ware:SSCW®、2024年上市)は、温度変化がともなう培養環境下においても安定した機能を発現することが分かっています。またコーティング溶液の高分子濃度の調節により、表面グラフト重合法では困難であったナノ単位での膜厚制御が容易となり、接着性が異なる多様な細胞種に応じて最適なスマート表面をカスタマイズすることができます。

 温度応答性高分子を修飾した伸展性培養基材の開発も行っています。基材の伸展/弛緩にともない温度応答性高分子薄膜の厚さを変化させ、温度変化と併用することで細胞の接着と脱着を加速化できました。さらに、伸展性基材を周期的に伸展/弛緩させることも可能であり、接着細胞への配向性付与や生理的機能を向上させた細胞シート作製への応用が期待されます。

 持続可能な開発目標(SDGs)では、環境負荷を軽減するための廃棄物削減や、素材のリサイクル・リユースが重要な課題として掲げられています。当研究所では、これまでの温度応答性細胞培養表面の開発で得たナノ高分子薄膜に関する知見を活かし、金属材料の持つ耐久性や熱伝導性といった特性を取り入れることで、高分子材料と金属材料の機能や特徴を融合させたリユース可能な温度応答性細胞培養表面を開発します。このリユース可能な培養基材を活用することで、プラスチック製品の使用を削減し、環境負荷を低減する細胞シート工学の実現に貢献します。本研究は慶應義塾大学と東京大学との共同研究です。

 先天性の代謝性肝疾患や急性肝不全に対する肝機能補助療法として、細胞シート技術は肝細胞の効率的移植手段として期待されています。ヘパリン分子を修飾した温度応答性培養皿は、細胞外マトリックスや細胞膜表面のプロテオグリカンと同じように、ヘパリン結合性 EGF 様増殖因子(HB-EGF)と結合して安定性や活性を向上させます。その結果、培養肝細胞のアルブミン産生能など肝特異的機能を維持・亢進すると同時に、温度低下によってアフィニティーを低減して細胞脱着できます。また、高酸素消費の肝実質細胞を高密度で細胞間結合を形成させるため、酸素供給を促進させることで再現性のよい移植可能な肝細胞シート組織の構築方法を確立しています。さらに、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)をコードした mRNA 送達により VEGF 分泌肝細胞シートを皮下移植すると、移植組織の生着率が向上しました。種々のバイオマテリアルを用いることで、肝機能を維持したまま効率的に移植可能な肝組織の構築を目指しています。

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