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がん悪液質とは?
体重減少や食欲不振は、がん治療に影響を与える「治療すべき病態」です
がんの治療中に「体重が減ってきた」「食欲がわかない」「体力が落ちてきた」と感じることはありませんか?
それはがん悪液質(Cancer Cachexia/がんによる消耗症候群)という、がんに特有の進行性で難治性の代謝異常によって引き起こされる状態かもしれません。
がん悪液質の定義と特徴(ASCOガイドラインより)
ASCO(米国臨床腫瘍学会)の2020年ガイドラインでは、がん悪液質を次のように定義しています。
◉体重の非意図的減少(6か月以内に5%以上)
◉筋肉量の低下(サルコペニア)
◉持続的な食欲不振・倦怠感
◉全身性の炎症状態を伴う代謝異常
重要なのは、「食べれば治る状態ではない」という点です。がん悪液質は炎症性サイトカインやホルモンの異常、エネルギー消費の亢進などが絡み合った複雑な病態であり、早期からの包括的な対応が必要です。
がん悪液質への対処法
1. 栄養介入と身体活動の推奨(基本的対応)
すべての患者に対し、栄養指導および身体活動の実施を推奨しています。(推奨強度:中等度の推奨、エビデンス中等度)
◉栄養管理:管理栄養士による評価と、食事・補助食品の提案
◉身体活動:軽度の運動(ウォーキング、ストレッチ、筋力トレーニング)により筋肉減少を抑制
“Nutrition and exercise interventions should be offered to all patients with cancer cachexia.” — ASCO Guideline 2020
2. 薬物療法:食欲や体重減少に対する治療
◉アナモレリン(商品名:エドルミズ®)
日本で使用できる、がん悪液質に対する初の治療薬です。(2021年承認)
【作用機序】グレリン受容体作動薬 → 食欲を高め、筋肉の合成も刺激
【効果】体重と筋肉量の増加、QOL(生活の質)の改善が報告されています
【対象】非小細胞肺がん・胃がん・膵がん・大腸がんに伴う悪液質
※副作用に高血糖や浮腫があり、糖尿病のある方は注意が必要です
◉その他の薬物療法
食欲不振や体重減少が顕著な患者に対して、メゲストロールアセテートやコルチコステロイドなどの薬物療法が一時的な食欲増進や体重増加に有効であるとされています。ただし、これらの薬剤は副作用のリスクも伴うため、使用には慎重な判断が必要です。
3. 東京女子医科大学腫瘍内科での取り組み
当科では、がん悪液質という複雑かつ難治性の病態に対して、多職種による包括的支援を行っています。
◉医師:がん治療と並行した症状マネジメント
◉看護師:日々の生活の変化や不安への対応
◉管理栄養士:食事の工夫や栄養補助食品の選択支援
◉リハビリスタッフ:体力・筋肉量維持のための運動プログラム
◉緩和ケアチーム:身体的・心理的苦痛への総合的アプローチ
私たちは、「よくなる」ことだけではなく、「つらさとともに、前向きに生きる」ことを支える医療を提供します。
患者さん・ご家族へのメッセージ
がん悪液質は、がんに随伴する重要な病態です。放っておくと、がん治療の継続や日常生活に大きな支障をきたすことがあります。
体重減少や食欲不振を「仕方ないこと」と思わず、気になる症状があれば、遠慮なくご相談ください。適切な治療と支援によって、「食べる楽しみ」や「日常の活力」を取り戻すことは可能です。
出典・参考文献
◉Baracos VE, et al. Management of Cancer Cachexia: ASCO Guideline. J Clin Oncol. 2020;38(21):2438-2453.
https://www.asco.org/guidelines/GUIDELINEASCO143853
◉日本がんサポーティブケア学会「がん悪液質に対する支持療法ガイド」
◉エドルミズ®製品情報(大鵬薬品工業)