活動報告

マンスリーセミナー

マンスリーセミナーvol.13 イベントレポート

マンスリーセミナーVol.13「夢を形に!ナノテクノロジーで創る体内病院」レポート

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 講師 中山 正道

2021年1月28日(木)に片岡一則先生(川崎市産業振興財団副理事長・ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)センター長/東京大学名誉教授・未来ビジョン研究センター特任教授)による未来医学マンスリーセミナーがオンライン開催された。今回の参加者は、1・2・11・12・26・29・30・33・37・41・43・45・47・48・50・51・52期及び賛助会員から計49名であった。本会理事でもある片岡先生は、東京大学博士課程在学時に東京女子医科大学医用工学研究施設(先端生命医科学研究所の前身)にて岡野光夫先生と肩を並べてご研究され、その後、同施設で助教授まで務められた大先輩である。本講演内容にあるスマートナノマシンは、女子医大時代に立案された高分子ミセル型薬物キャリアの概念をさらに発展させたものである。

はじめに川崎市殿町にある医療イノベーション特区King Sky Frontについて紹介があった。現在、医療関係の研究所や企業の集積が加速化しており(69機関、約5700人)、その中核となる機関がiCONMである。ここでは文部科学省Center of Innovationプログラム「スマートライフケア社会への変革を先導するものづくりオープンイノベーション拠点」(COINS)を中心プロジェクトとして、ヒトの体内に「必要な場所で・必要な時に・必要な診断と治療」を行う「体内病院(In-Body Hospitals)」を構築するという夢のある研究開発が進められている。

In-Body Hospitalsの実現の鍵となるスマートナノマシンを構築する材料には、生体に優しいポリエチレングリコール(PEG)とポリアミノ酸(疎水的あるいは静電的性質が付加されている)をつなげたブロック共重合体(親水性と疎水性などの性質が異なる高分子鎖を連結させた高分子構造体)が利用される。このポリマーを特定条件下で薬物、核酸、タンパク質と混ぜると自己組織化し、ウイルスサイズ(数十ナノメートル)の高分子ミセルを形成する。このミセル体は、薬物貯蔵部となるコアが親水性のPEGで覆われており、体内で異物として認識されにくい。またポリマーの分子設計により、標的細胞に結合する機能、薬剤を保持する機能、細胞・組織内の微小環境(低pHなど)や外部信号(光など)に応答して構造変化する機能などのスマート機能を組み込むことができる。このようなナノマシンは、固形がんに特徴的な血管透過性の亢進と未成熟なリンパ系の影響でがん組織に集積しやすい性質がある(Enhanced Permeability and Retention効果)。興味深いことに、ナノマシンのサイズを30ナノメートルまで小さくすると、がん組織の間質にも浸透していけるようになる。このため、血管からがん細胞までの空間が厚いがん間質で阻まれた難治性の膵臓がんなどに対しても効率的な薬物デリバリーが期待できる。現在、スマートナノマシンの実用化に向けて、御自身と岡野先生の研究成果をもとに設立されたナノキャリア(株)が中心となり、国内外のがん関連病院にて臨床試験が展開されている。

最近では、免疫チェックポイント阻害剤(免疫チェックポイント分子もしくはそのリガンドに結合して抑制されていた免疫機能を再活性化させる薬剤。単独では10-30%の患者に効果がある。)との併用による難治性がんの治療効果の改善が検討されている。がん局所的な低pH環境で化学結合が切れて抗がん剤を放出するナノマシンを投与すると、薬物で死滅したがん細胞から放出される分子で樹状細胞を成熟化し、キラーT細胞を呼び込むことができる。このとき、免疫チェック阻害剤を併用すると免疫機能を向上させることが可能となるようだ。

一方、タンパク質をコードする遺伝子配列以外の遺伝子変異が疾患に関与することが分かってきている。このため、タンパクに作用する従来型の薬物に加え、ゲノムに作用できる核酸医薬(siRNAなど)の重要性が増してきている。核酸医薬を取り込ませたミセル体を抗体レベルのサイズ(~20ナノメートル)にすると、血中での核酸分解を抑えつつ、組織の奥まで運ぶことができる。ナノマシンの作製法は、負に帯電した核酸医薬とPEG-カチオン性ポリアミノ酸型のブロック共重合体を混ぜるだけである。2分岐PEGとポリリシン(正電荷数:20)からなるブロック共重合体とsiRNA(負電荷数:40)を混ぜると、2つのポリマーで1つのsiRNAを取り囲んだユニットポリイオンコンプレックス(ユニットPIC)を形成する。ユニットPICを利用した前臨床試験では、長鎖非翻訳RNAであるTUG1を標的とするsiRNAを用いて、マウス同所移植した脳腫瘍の治療に成功している。すでに2020年10月より乳がんに対する臨床試験が国内でスタートしており、脳腫瘍も準備段階にある。

第12回マンスリーセミナーの位髙教授のご講演にあったメッセンジャーRNA(mRNA)を核酸医薬とするナノマシンも片岡先生の技術が応用されている(詳細はマンスリーセミナーVol. 12レポートにて)。最近ではmRNAワクチンへの応用も検討されている。いま世界中で話題となっているModerna製ワクチンは、mRNAを脂質性分子でカプセル化したもので、投与部位以外の肝臓でも遺伝子発現するらしい。これに対して、ミセル体は投与部位のみで発現することから安全性も高く、また凍結乾燥できることから超低温での輸送・保存も不要となる。さらにmRNAに部分的に2本鎖RNA構造を組み込み、免疫賦活化物質(アジュバント)を用いることなく、mRNAが持つ免疫賦活化作用を高める技術が開発されている。現在、細胞性免疫が誘導できるCOVID-19ワクチンの開発も検討されており、日本発の新しいmRNAワクチンの登場が楽しみである。

片岡先生は、研究開始初期より生体に優しい合成高分子「PEG-ポリアミノ酸型ブロック共重合体」に着目し、これを利用したさまざまな薬物デリバリーシステムを構築されている。高分子のナノ組織化とその精密制御に関する基礎研究を着実に積み重ね、多様なナノ治療戦略を立案・実行されてきたことに感銘を受けた。理工系研究者は、独創的な発想のもと着実に基礎研究を積み重ねていくことも大切であるが、同時に研究成果を世の中にどう活かすかを日々考えながら進めなければならないと実感する講演であった。

未来医学研究会では今後も魅力的なセミナーを企画・提供できるように心掛けている。皆様が奮ってご参加いただくことを期待しつつ、今回のセミナーレポートさせていただく。

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