神経病理研究班
神経変性疾患の「なぜ?」に形態学的視点から迫る
~ミクロの形態変化とそのマクロへの広がりを理解する神経病理学を目指して~
武田 貴裕
神経変性疾患の病理学的検索においては、①細胞病理(特に封入体病理)と②病変の中枢神経系内での広がり、を評価することが重要です。細胞病理の検索は、神経細胞やグリア細胞にどんな蛋白がたまっているか(封入体病理)、細胞の形がどのように変化しているか、といった細胞レベル(ミクロ)の評価を行うものです。一方、病変の広がりの検索は、細胞病理はもちろん神経細胞脱落やグリアの増生などの細胞・組織障害がどの領域にどの程度起こっているかを評価するものです。神経変性疾患を診断するには、病理学的にミクロでの疾患特異性の高い封入体を証明することが重要な作業ですが、実際患者さんを診療していて、我々脳神経内科医がまず気づくことができるのは、病変のマクロ的な広がりを反映する症状、神経学的所見ですから、病変の広がりの評価も欠かすことはできません。病変のマクロ的な広がりは、神経変性疾患では系統変性という言葉があるように、個々の疾患によって決まった変性をきたしやすい領域(系統)が決まっており、多くの場合その系統に沿って病気が進展します。したがって多くの場合、その一定のルールに従って進展する病変の広がりを知ることは、疑わしい疾患を鑑別する重要な足がかりとなります。このように疾患特異的な「細胞病理」とその「広がり」を知ることが、神経変性疾患の臨床神経病理の基本であると考えます。
診断のついていない患者さんを診て、なぜこのような症状が出るのか?その病理学的背景は何か?ということを常に考えると思います。我々は、細胞病理の証明が不可能に近い生前においても、より精度の高い診断に迫ることができる疾患固有の症状、合併しうる症状、それらの神経所見に注目し、それを裏付ける病変の広がり、細胞病理変化を証明することを目指しています。我々はこれまでALSで稀ならずみられる認知機能障害、特に記憶障害と海馬TDP43病理との関係、眼球運動障害と大脳白質病理との関係、嗅覚障害と嗅覚路TDP43病理との関係、脊髄前角で障害を受けやすい運動神経細胞と受けにくいオヌフ核神経細胞における細胞形態学的な相違、を明らかにするなどALSの臨床像をより浮き立たせるべくその背景となる神経病理に関する研究を行ってきました。
一枚のプレパラート標本を顕微鏡で丹念に観察することは一番の基本ですが、近年では標本のデジタル化技術が進み、パソコン上で標本を観察し、対象物を計測したりカウントしたりすることも容易になってきています。自宅やアルバイト先など顕微鏡がないところでも研究活動を効率的に進めることができます。前任の佐々木彰一元准教授が精力的に進めてきたALSを含む神経変性疾患の神経病理研究を引き継ぎ、時に内外の病理学研究室の先生方のサポートを頂きながら、本学でこそ行える、患者さんを間近で診ているからこそ気が付く臨床上の問題点を病理形態学的視点から解決すべく、研究活動をさらに発展させていきたいと考えています。