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概要

シンシア10号

臨床ゲノムセンター開設セレモニーで吉岡俊正理事長、岩本絹子副理事長、田邉一成病院長らとテープカットに臨む齋藤加代子所長(左)。父親はアメリカ人で、母親が日本人。福山型筋ジストロフィーは日本人にしかないものなので、なぜ同じような疾患がアメリカ人を父に持つ赤ちゃんに現れたのか不思議でなりませんでした。そこで私は、胎児のときにウイルス感染したのではないかと思い、ハムスターを使ってその検証を行いました。そして、妊娠したハムスターにウイルスを打つと、母体には感染しないものの胎児には感染し、背骨の歪みや発育不全などを起こすことが分かりました。ちょうどその頃、私は妊娠中でしたので、妊婦が妊娠したハムスターを相手にしながら研究を行っていたわけです(笑)。その後、筋ジストロフィーの一種である筋眼脳型MEB(muscle、eye、brain)病の原因遺伝子が発見され、それが北欧人に多いことが分かりました。私が出会った赤ちゃん(患者さん)は、ご両親とともにアメリカへ渡っていましたが、2003年に患者さんのDNAを送っていただいて調べたところ、みごとにMEB病の遺伝子が見つかりました。そして、父親がスウェーデン出身だったということも分かり、抱いていた疑問がきれいに晴れました。そのとき患者さんは2 5歳になっていました。■ワンランク上の遺伝子医療を提供小児科外来の診察室は、マンガやアニメのキャラクター、おもちゃなどに囲まれています。小児科医として外来で診察し、遺伝子検査や遺伝カウンセリングも始めるようになった私は、遺伝に関わる疾患の診察や相談についての対応を、そうした部屋で行うのはふさわしくないと考えていました。遺伝子疾患でお子さんを亡くされたり、お腹の赤ちゃんをあきらめざるをえないようなケースもあるため、メルヘンチックな部屋だとかえってご家族が傷ついてしまうからです。そこで、当時の吉岡博光理事長に「遺伝性疾患の医療は、きちんと対応できる独立した施設と診療システムが必要」と進言したところ、その重要性にご理解をいただき、2004年にわが国初の遺伝子医療専門施設として「遺伝子医療センター」が開設されることとなりました。わずか4人のスタッフでスタートした当初は、まだ遺伝カウンセリングに対する認知度が低く、患者さんやご家族に説明するのはサービス(無料)なのではないかといった空気が支配的で、収入的にも伸び悩んでいました。このため、保健所や医療施設へ患者さんをご紹介くださるようプロモーション活動を行い、徐々に収益も上がっていきました。遺伝カウンセリングは、患者さんやご家族の話をお聞きして慰めてあげるというものではありません。遺伝に関わる疾患は、患者さんだけでなくご家族の人生まで左右しかねないだけに、遺伝学の知識を持った人がきちんと診断し、それを正確に伝達することが重要です。私はそのために、臨床遺伝専門医と認定遺伝カウンセラーの育成にも努めてきました。女子医大の遺伝子医療センターは、今では10人超の専任スタッフを抱え、遺伝子医療のトップランナーとしての自覚と誇りを持って、ワンランク上の医療の提供を推進しています。■曙光が見え始めた難病の治療これまで取り組んできた難病の遺伝子医療では、小児期発症の脊髄性筋萎縮症に対する治験において、2歳4か月になった赤ちゃんが立てるようになり、歩くのも時間の問題といっためざましい成果を上げているケースがあります。難病を治療するのが私の悲願ですので、その実現に向けて大きく前進しているわけです。こうした遺伝子医療を、がんにおいても展開するべき、という考えのもと、2016年に学長諮問会議として検討し、2017年12月に「臨床ゲノムセンター」が開設されました。同センターは次世代シーケンサー(遺伝子配列解析装置)を備えた最先端の検査室という位置づけで、難病だけでなく、がん診療のレベルアップも図ることができると確信しています。遺伝子医療は、難病という狭い領域から、がんを含めた広い領域へと広がってきており、出生前の遺伝学的検査や、がんゲノム検査に対するニーズも高まりつつあります。これらに対応していくためには、それぞれの人の環境や悩み、家族関係などをお聞きし、医療の選択肢をニュートラルに伝えていくことが重要です。それは、“オーダーメイド医療”の提供にほかなりません。女子医大の遺伝子医療センターは、臨床ゲノムセンターと連携しながら、これからも日本の遺伝子医療を牽引していく存在であり続けたいと思っています。齋藤加代子(さいとうかよこ)1952年福島県須賀川市生まれ。76年東京女子医科大学卒業、80年同大学大学院小児科学博士課程修了後、同大学小児科学助手。83年米テネシー州立大学留学、86年東京女子医科大学小児科学講師、94年助教授を経て、99年教授。2001年大学院先端生命医科学系専攻遺伝子医学分野教授、2004年から同教授と兼務で遺伝子医療センター所長。日本遺伝カウンセリング学会理事長、日本人類遺伝学会理事、東京女子医科大学副学長などを歴任。2017年12月臨床ゲノムセンター特任教授、2018年5月から現職。Sincere|No.10-2018 05