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概要

シンシア 2014.No.3

ジもの調査用紙を患者さんに配付し、記入して送り返してもらう。そう聞くと、患者さんに負担を強いる調査と思われがちだが、さにあらず。調査開始以来14年間、回収率は毎回98%超に達している。そこには数々の工夫や仕掛けがあるのだが、まずは研究の目的を山中教授にたずねてみよう。「関節リウマチの治療は、患者さんの実態を正しく把握することが極めて重要です。IORRA以前の伝統的な薬剤投与に関する臨床研究はすべてカルテベースで、医師の処方をもとに薬剤の有効性や安全性が評価されていました。ところが痛み止め薬の場合、患者さんは処方量の約4割しか使用していないことがIORRAの調査でわかりました。そこでIORRAでは、患者さんが実際に使用した量を自己申告してもらい、その数値をもとに薬剤の効果とリスクを調べることにしたのです。そうして得られた正確な情報をもとに、新しい治療法を研究しようというのがIORRAの目的です」IORRAがスタートした2000年当時、関節リウマチの治療法は大きな転換点を迎えていた。1999年に抗リウマチ薬・メトトレキサートが、2003年には生物学的製剤が使用承認され、それまでの抗炎症剤などで痛みを抑える対症療法から、関節リウマチ患者さんを対象とした長期観察研究「IORRA(イオラ)」の生みの親である山中寿教授。痛みや腫れを起こす物質を直接的に抑える治療へと進化する節目にあたっていた。新しい薬剤による治療で患者さんの症状がどう変わるのか。IORRA研究はその克明な記録であり、日本における医療技術進歩のドキュメントとなったのである。患者・医師・製薬企業の“三方よし”がIORRAの原点ところで、近江商人の格言に“三方よし”というのがある。IORRAの成功はこの格言にあったと山中教授は語る。「私は滋賀県出身で、近江商人の“売り手よし、買い手よし、世間よし”という三方よしが身近な格言でした。近江商人は、売り手と買い手だけでなく、第三者の利益も大切にすることで成功を収めました。私はIORRAに協力してくれる患者さん、医師、製薬企業の三者それぞれにメリットを提供し、Win-Win-Winの関係を築こうと考えたのです」では、データの提供者である患者さんのメリットとは何か。女子医大での治療歴7年というH.A.さん(50代女性)は、IORRAを次のように評価している。「私は2014年4月に寛解を迎えましたが、それは毎回フィードバックされる各種IORRA情報のおかげです。調査に参加すると現在の病状、炎症の程度や肝臓・腎臓の機能、疾患活動性などの個人レポートが返却され、自分の病状を客IORRAデータを活用し合併症と生命予後の改善をめざす膠原病リウマチ痛風センター准教授中島亜矢子関節リウマチの合併症と生命予後を研究テーマとする私にとって、IORRAは日常臨床に最も近いデータであり、そこから多くの示唆を得ています。関節リウマチ治療では主にメトトレキサートや生物学的製剤が使用されます。これらの抗リウマチ薬は疾患活動性を抑え込む一方、ときに肺炎などの感染症に侵されやすくなります。関節リウマチ治療では関節病変と肺病変などの臓器合併症を観察しながら投薬量をコントロールする必要があります。IORRAにはさまざまな合併症のデータが蓄積されており、その解析により効果的な治療法を類推することができます。メトトレキサートは承認された1999年当時、使用量が週8mgに制限されていましたが、海外では当時から週15mg~20mgが使用されていました。日本では週8mgの投与で症状が改善する患者さんも見られましたが、週12mg、週16mgと投与量を増やすことで効果が現れ、副作用も起きにくいことがIORRAのデータで明らかになりました。そして2011年2月、これらのデータを科学的根拠として、週16mgまでの増量使用が承認され、日本の関節リウマチ治療の画期的な転換点となりました。それこそが、IORRAが果たした大きな社会貢献の一つといえるでしょう。Sincere|No.3-2015 07