お知らせ

2017年02月03日  -光エネルギーを用いた臓器様組織作製の可能性-
藻類と動物細胞の「共生リサイクル細胞培養システム」による厚い立体組織作製の実現
-光エネルギーを用いた臓器様組織作製の可能性-

 
東京女子医科大学先端生命医科学研究所清水達也所長・教授、原口裕次特任講師らの研究グループは、早稲田大学との共同研究により、藻類と動物細胞を共培養することにより厚い立体心筋組織の作製に成功しました。この結果は光エネルギーを用いることにより生体外で臓器様組織を作製できる 可能性を示しています。この研究成果は、英科学誌Scientific Reports電子版で2017年1月31日に発表されました。
 

1.研究の背景

 先端生命医科学研究所は新しい組織工学的手法「細胞シート工学」を再生医療に応用し、新たな治療法の確立を目指しています。これまでに細胞シート工学は多くの組織の作製に用いられ、本学、他大学と協力し、眼科学・循環器外科学・消化器外科学・歯科口腔外科学など6つの科において治験・臨床研究が行われています。
 
 複数の細胞シートを積層し、立体的に細胞を積み上げる技術が開発されたことで、より多くの細胞の移植が可能となりました。多層化した立体組織は単層の組織移植に比べて優位に高い治療効果を示します。一方、これまでの研究で血管網がない場合、厚さ40-80 µm以上の細胞が密に存在する組織において内部に壊死が認められ、これらの壊死は、厚さ40-80 µm以上の厚い組織の構築を妨げていること、組織内部の低酸素・低栄養が原因であることが分かっています。また乳酸、アンモニアなどの有害代謝産物の蓄積も組織障害をもたらすと考えられます。
 
 厚い組織の作製は、大量の細胞移植を可能にし、効果的な治療法の確立、治療適応の拡大さらに生体外での臓器様組織作製の可能性を探るもので、組織工学・再生医療分野のみならず医学に大きなブレークスルーをもたらすと考えられています。また生体外で作製された厚い立体組織は生体環境に近く、薬剤の効果・毒性を評価する生体外モデルとして創薬分野においても期待されています。何らかの方法で組織内部に酸素・栄養を送り、また有害代謝産物を除去できれば、組織障害を起こすことなく厚い立体組織を作製できると考えられます。
 
 地球上において植物・藻類は、光合成により二酸化炭素と水からグルコースなどの栄養素や酸素を産生します。動物はその栄養素や酸素を利用し生活をしています。植物・藻類は呼吸により動物から排出される二酸化炭素や、アミノ酸代謝により排泄されるアンモニアを利用して生活をしています。二酸化炭素は光合成の、またアンモニアはアミノ酸合成の必須因子になっています。動物はアンモニアから合成されたアミノ酸を利用して、成長に必要なタンパク質を作ります。このように地球上においてすべての生物は炭素・酸素・窒素循環を通じて「共生リサイクル社会」を形成しています。私たち研究グループはこの地球上の多様な生物による「共生リサイクル社会」を細胞培養皿上で実現できないかと考えました。
 
 本研究では、低酸素・低栄養・有害代謝産物が蓄積された過酷な環境下で、維持・培養されている厚い心筋組織内の培養環境を、光エネルギーを利用し藻類との共培養により改善させる新規細胞・組織培養法および厚い組織作製法の確立を目指して行いました。




2.研究結果および今後の展開

 培養皿上の酸素濃度を測定したところ、動物細胞が高密度で培養されている環境は非常に低酸素状態にありました。一方光照射のもと藻類と共培養することで酸素濃度は顕著に上昇することが分かりました。これは動物細胞との共培養下でも藻類が光合成をおこない活発に酸素を産生することを示しています。心筋細胞シートを積層化することで厚い組織を作製できますが、その時に細胞シート間に藻類を挟むことで藻類共培養心筋組織を作製することができました(下図)。

 作製した心筋組織の生化学代謝を測定したところ、1層の薄いラット心筋組織では藻類共培養の有無によるグルコース消費・乳酸産生の変化は認められませんでした。厚い心筋組織においては活発なグルコース消費・乳酸産生が認められました。一方、藻類と共培養することで厚い心筋組織のグルコース消費・乳酸産生は著しく減少することが分かりました。

 次に心筋組織内の細胞代謝の好気呼吸性あるいは嫌気呼吸性を調べました。すると薄い心筋組織内では藻類の存在の有無にかかわらず好気呼吸性が強く、厚い心筋組織では嫌気呼吸性が強くなることが分かりました。それに対し、細胞代謝は藻類と共培養することで単層組織レベルの好気呼吸性を示すことが分かりました。これは、藻類によって産生された酸素により、厚い心筋組織の代謝が嫌気呼吸から好気呼吸へと変換されたことを示唆しています。
 
 好気呼吸では1モルのグルコースから約30モルのATPが産生されますが、嫌気呼吸では2モルのATPしか産生されません。また好気呼吸では有害代謝産物乳酸の産生は起こりません。そのため、藻類との共培養による心筋組織のグルコース消費量・乳酸産生量の減少は、好気呼吸の効率的なエネルギー産生と関連していると考えられます。
 
 次に培養上清中のアンモニア量を測定したところ心筋組織のみでの培養に比べて藻類と共培養した場合は顕著なアンモニア量の低下(7-8分の1)が認められました。これは動物細胞が排出したアンモニアを藻類がアミノ酸産生のために利用したことを示しています。組織学的観察を行ったところ藻類なしの厚い心筋組織では組織傷害を示していました。
 
 藻類と共培養した心筋組織では健康な組織像を示していました。また藻類なしの心筋組織は培養上清中に大量のクレアチンキナーゼを放出していて、激しい心筋組織傷害を示していました。一方、藻類と共培養した心筋組織では、その放出量は1/5にまで減少しており、組織傷害の著しい緩和が認められました。血管網なしの厚い心筋組織内では激しい低酸素・低栄養状態であり、また有害代謝産物が蓄積された状態にあります。血管網があればそれらを解消することができますが、血管網がない場合は激しい組織障害をもたらします。藻類と共培養することで組織内の細胞代謝の好気呼吸性が増加し、また培養上清中の残存グルコース量の増加や乳酸・アンモニア量の低下も認められ、それにより組織障害が緩和され、厚い立体心筋組織作製が可能となったものと考えられます。血管網なしでは組織厚40-80 µmが限界であったものが藻類との共培養で、約160 µmの厚さの組織を作製・維持することができました。
 
 私たち研究グループは今後の研究の展開によっては、藻類と共培養することで生体外で臓器様組織の作製も可能であると考えています。そのように作製した共培養組織を再生医療に用いる場合は移植前の藻類の除去を考える必要があります。一方で医薬品の効果や毒性を評価する生体外組織モデルとして利用することも考えています。動物細胞は医薬品などの有用なタンパク質生産にも用いられていますが、藻類との共培養はそれらのタンパク質生産を向上させる可能性もあると考えています。
 
 地球上で行われている多様な生物間の「持ちつ持たれつ」の共生関係、すべての生物が作り上げた「共生リサイクル社会」を細胞培養皿で再現させる研究は今後様々な応用が考えられます。


3.論文情報

Haraguchi Y, Kagawa Y, Sakaguchi K, Matsuura K, Shimizu T, Okano T. Thicker three-dimensional tissue from a “symbiotic recycling system” combining mammalian cells and algae. Scientific Reports. Jan 31;7:41594. doi: 10.1038/srep41594.