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2016年12月22日  マラリア原虫のゲノム解析~マラリア感染制御への可能性~
DNA合成中にエラーを生じやすいマラリア原虫のゲノム解析


東京女子医科大学 医学部 国際環境・熱帯医学講座 本間 一助教らの研究グループが、順天堂大学、杏林大学、大阪大学との共同研究において、マラリア原虫のゲノム解析を行い自然界で起こりうるマラリア原虫の進化の予測、対策への可能性を見出しました。
この研究成果は、英科学雑誌Scientific Reports電子版で2016年11月15日に発表されました。

1.研究の背景

 マラリアは熱帯・亜熱帯地方に広く分布する感染症であり、毎年2億人近くの患者がいると推定されています。マラリアは人類の歴史の中で大変古くから存在しますが、今なお猛威をふるい続けている要因のひとつにマラリアを引き起こす寄生虫『マラリア原虫』の「進化」が挙げられます。例えば、マラリアを治療するためにこれまでいくつもの抗マラリア薬が開発されてきましたが、多くの場合、耐性を持つ(薬が効きにくい)マラリア原虫が出現し撲滅を阻んできました。

 進化は、生命の設計図を構成するDNAに変化(突然変異)が生じることで起こります。そのため、通常よりもDNAに突然変異が生じやすいタイプのマラリア原虫は、流行地において薬剤耐性などの厄介な形質を生み出すリスク要因になりかねません。一方で、そのような原虫を実験室で巧みに活用できれば、自然界で起こりうる進化を実験室で先取りし、あらかじめ対策を立てることも可能になるかもしれません。

 A、T、C、Gの4種類の塩基の並びで表されるDNAを合成する酵素に、『DNAポリメラーゼδ(デルタ)』があります。この酵素には誤ったDNA合成が生じた場合にそれを修正する校正機能が備わっており、DNAに突然変異が蓄積するのを抑えています。これまで、マウスにのみ感染するマラリア原虫に対して遺伝子改変技術を用いることで人工的に校正機能を働かなくしたマラリア原虫、『ミューテーター原虫』が開発されています。  


2.研究概要と成果

 今回発表した論文(第一著者:本学 本間一助教、責任著者:順天堂大学 平井誠准教授)では、ミューテーター原虫の全ゲノムDNA配列を決定し、突然変異の生じる速度とその傾向を調べました。さらに、ミューテーター原虫と野生型原虫の違いを、マウス体内における原虫の増殖速度の観点から比較しました。

 その結果、ミューテーター原虫は野生型原虫と比較して36.5倍速く突然変異を生じることがわかりました。また、生じる突然変異の種類には偏りがあり、C、Gの塩基からAあるいはTへの変化が高頻度に生じる傾向も見られました。さらに、DNAには突然変異が生じやすい『塩基の並び』が存在することも明らかになりました。ミューテーター原虫は高頻度に突然変異を生じますが、突然変異の種類や生じやすい場所は偏っているため、生み出される多様性には一定の限界があると考えられます。また、ミューテーター原虫は野生型原虫よりもマウス体内での増殖が遅いことも明らかになりました。これは、自然界にミューテーター原虫がたとえ現れたとしても野生型原虫との競争に打ち勝つことができず、少数派でしか存在できない可能性を示しています。

 今後、世界三大感染症のひとつにも挙げられるマラリアの制圧を進めていくために、ミューテーター原虫による研究が注目されています。本研究の成果を受けてミューテーター原虫の改良を進めることで、自然界におけるマラリア原虫の進化の予測、さらにはマラリア感染の制御を先行予見できる可能性につながることが期待されています。


3.原論文情報

Honma H, Niikura M, Kobayashi F, Horii T, Mita T, Endo H, Hirai M. Mutation tendency of mutator Plasmodium berghei with proofreading-deficient DNA polymerase d. Scientific Reports. 2016 Nov 15;6:36971. doi: 10.1038/srep36971.