東京女子医科大学看護専門学校 
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卒業生からのメッセージ

看護専門学校二年課程1回生の豊田つねさんよりメッセージをいただきました。

元立川看護専門学校 副校長
豊田つね(二年課程1回生)

元川口市立医療センター看護部長 豊田つね

いま思うこと

 看護学校では、学ぶ側と教える側を体験させて頂きました。
 私が看護学校に入学したのは、准看護制度廃止が叫ばれた時代に、准看護学校が昼間2年制の進学コースに移行された時でした。知識・技術は勿論、女子医科大学の理念である「至誠と愛」の精神を基に人間関係や看護婦としての資質の大切さを教えていただきました。
 看護学校に配属後は、全体の流れの把握および教員としての姿勢、教員研修の受講、学生からは実習、研修旅行、行事等を通し多くの刺激を受け成長させてもらいました。今でも「批判するのは簡単、その内容をどう生かすか?」の言葉を大切にしています。
 立川市が昼間の定時制を開校、再び教員として携わりました。開校間もない新カリキュラム、定時制から全日制に変更等変化が著しかったです。就任2年後、係長、副校長と役割が進み、文書作成やPC決済も重なり看護職から事務職に転向した気分でした。この時も“至誠天に通ず”の言葉を思い出し、質の向上のため、実習先の調整、議会への対応と励みました。
 現在は、地元で日本語のボランティアをしています。入国者は当初に比べ3倍以上で職種や年齢、出身国も様々です。担当している看護師の言葉を紹介します。8年位前にインドネシアから来日し、看護師国家試験に合格、現在リーダーをしています。「日本の看護の質は素晴らしい。でも、話を聞く態度や自分の失敗を自ら申し出ない人がいる。私が変な外人だから仕方ない」と言われたことがありショックでした。人種差別なく、大切なことは相手に向き合う姿勢ではないでしょうか。

 仲間から、他人に頼まれたら“いや”と言えないのよね。と言われながら定休なしで楽しく過ごしています。何事も基本は大切で、最初に身につけた事は忘れないものですよ!!


看護専門学校二年課程1回生の佐藤とみ子さんよりメッセージをいただきました。

元川口市立医療センター 看護部長
佐藤とみ子(二年課程1回生)

元川口市立医療センター 看護部長 佐藤とみ子

私の看護の原点

 1回生として入学した私たちは、何もかも新たなスタートでした。教育熱心な先生に、好奇心溢れる我ら生徒たち、前列がないが故に自分たちが学校の歴史を創っていく立場でした。当時はそのような認識は微塵もなかったと思いますが。
 自分たちで自治会を立ち上げ、放課後に規約の作成やクラブ活動の予算編成、総会など、取り組んだ数々のことを懐かしく思い出されます。その経験が、後々の仕事でも新たなことにチャレンジする基盤になっているかなと思います。もちろん先生たちに助言を頂きましたが、基本的には「学生の自主性を尊重する」という立場で、のびのびとやらせてくださったと思います。自由な校風の中で、「至誠と愛」の理念を学び、卒業後は大半が附属病院に勤務しました。
 私も長年勤務し、看護部の教育委員や、学生の講義、看護学会への参加、看護協会支部役員等、看護観を深め成長する機会をたくさん与えていただきました。
 子育ての都合で住まいに近い公立病院に転職し、看護部長を7年間させて頂きました。また、病院外では、県内看護協会教育委員、県内看護部長会の役員、病院機能評価委員等々、新たな分野で多くの方々と出会い、新たな知見と視野を広げる機会に恵まれ、自分の仕事にも活かすことができたと思います。これも女子医大の看護学校での学びが、土台になっていると思っております。 
 定年後は、県内看護協会教育担当理事を拝命、その後、某一般社団法人本部看護教育の企画運営にも関わり、教育を通して看護現場に繋がりながら仕事をさせていただくことができました。
 人生100年と言われていますが、看護職に従事しておおよそ50年、私の看護の原点はやはり「東京女子医大」の母校にあると改めて実感しております。


看護専門学校二年課程9回生の吉川孝子さんよりメッセージをいただきました。

春日部市立医療センター 看護部長
埼玉県看護管理者会 会長
吉川孝子(二年課程9回生)

春日部市立医療センター 看護部長 埼玉県看護管理者会 会長 吉川孝子

受験生のみなさまへ

 このページを開いていただいた関係者の皆さま、そして看護師を目指して当校受験をご検討の皆さま、こんにちは。
 少しだけ、私の学生生活のご紹介をしたいと思います。聞いてくださいね。

 私は、東京女子医科大学附属第二看護専門学校(現:東京女子医科大学看護専門学校)を昭和57年度に9回生として卒業しました。卒業までの2年間は、担任の教員も呆れるほど旅行やアルバイトに明け暮れ、ほとんど勉強せずにいました。そのため、当然のごとく臨床実習や国家試験を控えての、積りに積もった学習不足には苦労しました。
 当時の教務主任だった武藤先生には、何度も呼び出され居残り学習。担任教員には「もう何も言う言葉がない」と言われてもへっちゃらの呑気な学生生活でした。
 しかし、そんな学生でも見捨てずに泊りがけでおこなった皆とのグループ学習は、私のやる気を育んでくれました。
 無事卒業し国家試験に合格した時に、初めて教員や同級生との深い信頼関係と連帯感が、私を大きく変えてくれたことに気づきました。
 その後、東医療センター内科病棟に配属になり、卒業生の諸先輩方には、知識や技術のみならず、患者との関わり方や社会人としての基本的な態度や行動を教えていただきました。
 また、それに答えなくてはと、未熟だった知識を補うように、卒業した当校に毎週のように通い、看護計画等を当時新人教員だった小川先生をはじめ、担任だった金井先生に相談しに伺いました。今考えれば、卒業後も恥ずかしながら学校に頼り切りの毎日…しかし、そんな私をいつも笑顔で迎え入れてくれた学校でもありました。

 20年以上勤務した東京女子医科大学東医療センターを辞めて、初めて東京女子医科大学の理念や教育方針と母校の素晴らしさを痛感しています。その後は、看護学校や大学の教員を経て、今は看護部長として自治体病院の移転等大きな事業に携わるようになりました。たくさん苦労もしましたが、何時も頭から離れないのは「至誠と愛」の精神です。
 一緒に泣き笑い、苦労を共にした同級生とは今でも、毎月のように連絡しあい、相談し、自分の看護観や人生について語り合う良い付き合いをしています。

 そんな良き出会いと学生1人1人の成長を願う看護学校や仲間に、皆様も出会えますように。

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