コラム

たいせつな人 ― 家族が認知症になったら ―

2010.05.01

神経内科 講師 松村 美由起

たいせつな人
  あなたにとってたいせつな人は誰ですか?思い思いの顔が浮かぶ中、最終的には”家族”ではないでしょうか。そのたいせつな家族が変わってしまったら…。

孤独
 認知症は、記憶の障害が主な症状です。やったことや言ったことを忘れてしまうために、辻褄があわなくなり傍から見ていると理解し難い行動をとります。周囲の人、特に生活を共にしているご家族は困惑し、怒りを覚えることさえあります。多くの病気は病名が分かると納得できるものですが、この病気の場合、知的な能力が失われていくことをご本人もご家族も受け入れ難い思いになることが多くあります。どうしても患者さんとご家族の間でお互いを理解しあえないことが多くなって、それまでの信頼関係がぎくしゃくしてしまい、患者さんは家族の中で孤立し居場所を失うこともしばしばです。

ちょっとしたコツ
  どの病気もそうですが、治療の始まりはまず病気を知ること、そして受け入れることにあります。
当たり前かもしれませんが、認知症は忘れてしまう病気であることを再認識することです。
”何度も同じことを言う”
→言ったことを忘れてしまうのでよくみられることです。初めてきいたように相鎚をうって
  あげましょう。
前の行動や発言、周囲の状況を忘れてしまうために失敗することが多くなりますが、失敗を叱らないことです。同じことを繰り返す場合が多いので、あらかじめそれを回避できる手段を講じておくのも一つの手です。
”気候にそぐわない洋服を着て出かけてしまう。”
→洋服を用意してあげましょう。
  でも、学習させようとしてはいけません。新しいことを覚えるのは認知症の患者さんには極めて難しいのです。出来ないことで患者さんもご家族も大きなストレスを抱えることになってしまいます。
もう一つは無視しないことです。何度も同じ話を聞かされたり、トイレの失敗などは家族にとって負担です。しかし、また同じ話、と思って返事をしないと、患者さんは諦めて話しかけることをしなくなるでしょう。自然と家族関係は希薄になり、一人の世界に引きこもってしまいます。こうした孤独が妄想などの精神症状を惹起することも多いのです。ちょっと大変でも今までと同じように語りかけ、本来の父や母、夫や妻に対する態度で接してあげることは、受け入れられている、居場所があるという安心感につながり、患者さんの気持ちが落ち着き、症状の進行も緩やかになります。

得意を伸ばして苦手を克服
  診断の必要な認知症の検査には記憶力や計算能力などを調べる内容が含まれているため、ご本人にとっては試されているようであまりいい感じはしないでしょう。しかし、もの忘れの一連の検査は苦手を見つけて診断に役立てると同時に得意を見つける手段でもあります。より詳しい検査はより具体的な得意を見つけることができます。ですから、患者さんにはよくそのようにお話しています。それで見つけられた得意領域を活用して認知症の日常生活の工夫に役立てることができるのです。

楽しいこといっぱい!
  誰しも楽しいことはたとえ忙しくても時間をやりくりします。楽しいこと感動したことはいつまでも心に焼き付いているものです。認知症の患者さんも同じです。嫌いなことは一向に身につきませんが、嬉しいこと楽しいことは心の動きとともにその時の行動や景色、音、香りなどを強烈に記憶に留めさせます。ですから認知症の患者さんには楽しいことを沢山してもらってください。そしてそのお話を沢山聞いて、できたことをほめてさしあげて下さい。

家族のサポーター
  認知症の患者さんを支えるご家族にも仕事や家事など日々の生活があり余裕がないのも現実です。介護保険など社会資源の活用をお勧めします。どうぞかかりつけ主治医にご相談ください。

幸せさがし、そして…たいせつな人
  認知症という病気は、患者さんの人生における目標や足跡、家族への想い、人生観などを改めて考えさせられ、ご家族が患者さんに抱く想いを改めて見つめなおさせてくれます。どの病気も治療の中心は患者さんです。認知症も同様で、進みゆく症状のなかでいかにその人らしい生活、充実感のある日々を過ごしてもらうかが主となります。それは、家族にとって、患者さんとどう良い関係をもちながら療養の日々を過ごしてゆくかという課題でもあります。 認知症の薬に限りがあり、根本的な治療に新しい薬が使えるようになるまでの間(下表)、我々医療者が行っていることの多くが生活支援になります。患者さんを含めたご家族皆さんの幸せさがしなのです。そして、ご家族にとってのたいせつな人は治療に携わる我々にとっても安心して暮らせる社会を築いてきたたいせつな人なのです。たいせつな人の幸せを目指して、ともに手を携えてゆきましょう。



表:アルツハイマー型認知症の治療薬

現在使われているもの(症状を改善するもの)

塩酸ドネペジル(アリセプト):
脳内のアセチルコリンという神経伝達物質の分解酵素の働きを抑えることでその作用を高め、記憶など脳の働きを活性化する。

今後発売の可能性があるもの

①根本的な治療を目指すもの
・抗βアミロイド抗体:
アルツハイマー病の原因とされ、脳内にたまるアミロイドβタンパクを除去する。

②症状の改善を目指すもの
・γ―セクレターゼ阻害薬(L-685458、LY450139):
アミロイド前駆タンパクを切断するタンパクの働きを抑え、アルツハイマー病の原因となるアミロイドβタンパクを作られないようにする。

・メマンチン:脳神経細胞が過剰な興奮により細胞死を起こすことを抑える。

・ガランタミン、リバスチグミン:アリセプトと同様に、アセチルコリン分解酵素を抑えることで、アセチルコリンの働きを高める。

・トラミプロセート:アミロイドβタンパクが線維になって脳内に溜まることを抑える。

・R -フルルビプロフェン:非ステロイド系消炎鎮痛薬の一つで、脳内にアミロイドβタンパクが溜まるのを防ぐ。

・PPARγ作動薬:血漿βアミロイドレベルを調節することにより認知機能を改善する。