コラム

ヘリコバクター・ピロリと慢性胃炎と胃癌

2011.11.01

消化器内科 准教授 所長代行 三坂 亮一

■ 慢性炎症と発がん
 がんの原因あるいは発生に関係するもののひとつとして慢性炎症があります。たとえば慢性C型肝炎と肝臓がん、逆流性食道炎・バレット食道と食道腺癌、潰瘍性大腸炎と大腸がん、胆石・胆のう炎と胆のうがん、痔ろうと肛門がんなどが知られています。胃の場合も慢性胃炎があると胃がんになりやすいことは以前から知られていました。

■ 慢性胃炎はヘリコバクター・ピロリ菌が原因
 これまで慢性胃炎は誰にでもみられるもので原因は食物や加齢と考えられていました。確かに胃炎の形や広がりは加齢とともに変化しますが、実はヘリコバクター・ピロリ菌(以下ピロリ菌)が原因だったのです。

■ 胃癌もピロリ菌が原因
 さらにピロリ菌は胃癌の発生にも大きく関与していることがさまざまな研究からわかってきました。胃癌の研究や診療に際しては、以前から胃腺癌を病理学的に「分化型腺癌」と「未分化型腺癌」に分けています。『ピロリ菌感染と胃癌』の研究当初は疫学的研究により萎縮性胃炎(慢性胃炎)と「分化型腺癌」の関連性が明らかにされ、世界保健機構(WHO)が発癌物質のGroup 1 (definite carcinogen) に指定しました。その後、動物実験の結果から「分化型腺癌」のみならず「未分化型腺癌」の原因でもあることがわかりました。

■ 慢性胃炎の治療法が変わった
 慢性胃炎と胃癌の原因がピロリ菌の感染によることがわかってから慢性胃炎の位置づけや治療法が変わってきました。たとえば、昔は健診のバリウム造影レントゲン検査で慢性胃炎と診断されると「略正常」に分類されていました。しかし最近ではがんの発生を考慮して「要内視鏡検査」か、あるいは「要経過観察」とされます。また治療に関しては、以前は慢性胃炎に対する対症療法として制酸剤・消化剤・粘膜保護剤などが処方されてきましたが、現在は根本治療としてピロリ菌をターゲットとした抗生物質内服投与を行います。これを「除菌」と呼んでいます。
 健康保険によるピロリ菌の除菌は2000年秋から「胃・十二指腸潰瘍」を対象として始まりました。その後、保険適応の改定で「早期胃癌に対する内視鏡的粘膜切除術後胃」が追加されました。今のところ慢性胃炎に対するピロリ菌の除菌は保険適応にはなっていません。

■ 胃癌予防に除菌が有用
 慢性胃炎に対してピロリ菌の除菌は必要でしょうか? ピロリ菌がいなければ胃癌にはならないでしょうか? これまでの研究では胃癌の患者さんでピロリ菌が感染したことのない方は非常に少ないことが解っています。
 ピロリ菌がいると慢性胃炎から高率に胃癌になるのでしょうか? その確率はどのくらいでしょうか? 統計的には年間0.4%の確率で胃癌になると予測されています。たとえば同性で同じ環境条件、生活条件で80歳まで生きるとして、65歳の人は0.4%x15=6%ですが20歳の人は0.4%x60=24%となります。若いほど余命が長いので確率が高いということになります。
 ピロリ菌の感染は5歳未満の小児期に経口的に感染すると言われています。多くが1歳未満で感染し、その後10年、20年、・・・・80年と長期間にわたり持続感染が起きると言われています。ピロリ菌の除菌に最適な年齢はまだ判明していませんが、定期健診を受けられる方はほとんどが30歳代以降の方ですので、まず血清ピロリ菌抗体を検索し、ピロリ菌抗体陽性でしたら除菌を受けられることをお勧めします。その際、内視鏡検査も是非受けて頂き、胃癌がまだ発生していないことを確認していただきたいと思います。
 このような除菌の場合、保険適応から外れることがあります。ピロリ菌感染や除菌に関する質問等ありましたら成人医学センターの消化器科外来へ是非お越しください。