コラム

新しい認知症治療薬

2011.04.01

神経内科 講師 松村美由起

■お見舞い申し上げます■
 このたびの震災被害に遭われました皆様にお見舞いを申し上げます。皆様のご無事と被災地の一刻も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
 震災により体調を崩された方、通院困難な方もいらっしゃることと思います。ご相談をさせて頂きますのでいつでもご連絡くださいませ。
 さて、この3~4月に新しい認知症治療薬が日本でも使えるようになります。
今回はそのお薬についてご説明します。

■30年間も潜んでいるアルツハイマー病■
 お薬を説明するにあたり、認知症の代表的疾患であるアルツハイマー病について改めてご説明しましょう。アルツハイマー病は、何らかの原因によりアミロイドβタンパクやリン酸化タウというたんぱく質が脳内に蓄積され、神経細胞死をもたらします。それにより脳細胞が減少し、記憶障害や他の様々な日常生活を送るための脳機能が侵されてゆきます。恐ろしいことにこの変化は症状がでる30年も前から起こっているとされています(図1)。

図1

■脳内での情報伝達について■
 お薬について説明するにあたり、脳内で記憶や学習などの情報がどう伝わるかについてご説明しましょう。また脳内での情報は、繋がっていない神経線維がバケツリレーのように情報を受け渡すことで伝えられてゆきます。前の神経から次の神経に情報を伝える場合、神経と神経との間には隙間(シナプス間隙)があります。前の神経の末端(神経終末)からは、神経伝達物質というものが、シナプス間隙に放出されます。この放出された伝達物質は次の神経の端(シナプス後膜)の上に存在している受容体という鍵穴にはまります。すると次の神経は興奮し、さらにこの情報を次の神経に伝えてゆきます。一方、シナプス間隙に放出された伝達物質は分解酵素で壊されます(図2)。
 これまでアリセプトというお薬が認知症の唯一の治療薬として使われてきました。アセチルコリンは、脳内における記憶・学習をつかさどる回路における神経伝達物質で、アルツハイマー病ではこのアセチルコリンが枯渇します。従って、この分解酵素を阻害することにより少なくなったアセチルコリンの作用を強化し、記憶・学習能力を高める働きがあることから認知症治療薬として使われてきた訳です(図2)。

図2

■レミニールとメマリー■
 アリセプトに加えて今春新たに発売されるお薬は、レミニールと、メマリーの2剤です。他に貼り薬も発売されると思いますが、少し先になるようです。近々使うことができるようになるこの2剤についてご説明致しましょう。
 まずレミニールについてです。これは、アセチルコリン分解酵素を阻害するお薬です。それでは今まで使っていたアリセプトと同じではないか、と思われるかもしれません。しかし、この薬はアセチルコリン分解酵素を阻害する作用だけではなく、アセチルコリンが神経終末から放出されることを促進し、これを受け取る神経のシナプス後膜上の受容体の薬剤への感受性を高める働きもあります。従って、アセチルコリンの働きをアリセプトより更に強化するのではないかと期待されています。他に、アルツハイマー病の原因となるアミロイドβタンパクやリン酸化タウタンパクによる神経に対する毒性や虚血から神経細胞を保護し、神経細胞死を抑制する効果もあるとされています(図3)。
 もう一つはメマリーです。これはNMDA受容体阻害薬と言い、これまでのお薬と違う働きをします。NMDA受容体は、グルタミン酸という興奮性の神経伝達物質が作用するシナプス後膜上に存在する受容体です。グルタミン酸は記憶や学習の際に神経終末から放出され、シナプス後膜の受容体に結合することで、神経細胞内にカルシウムを流入させ、次の神経を興奮させて記憶や学習に働くとされています。アルツハイマー病では、グルタミン酸が過剰に放出されることで、カルシウムが神経細胞内に過剰に入り込み、神経細胞を傷害します。メマリーは過剰なNMDA受容体の刺激を抑えることで神経細胞死や記憶・学習効果の低下を改善する効果があるとされています。これまで、吐き気、食欲低下、イライラ、除脈などのためにアリセプトを使うことができなかった患者さんは、作用機序の全く異なるこの薬に期待されるところが大きいでしょう。また、アリセプトを飲んでいたけれどももう少し効果が欲しいという人もアリセプトと一緒に飲むことでより認知症の症状を改善させることが期待されます。
 その他に承認を待っているお薬としてリバスチグミンという貼り薬も今後発売される予定です。これは、アセチルコリン分解酵素阻害剤ですが、経口薬のみであった認知症治療薬のなかで唯一の貼り薬であり、内服困難な方への治療として期待されます。

図3

■もの忘れ外来■
 さて、認知症の治療も薬が増え、様々な研究が進むことで新たなステージに入ろうとしています。成人医学センターでも、認知症専門医のいる施設として患者さんが多くいらっしゃるようになりました。そこで、4月より第2、4月曜日の午後に"もの忘れ外来"を始めること致しました。
 これまでも"もの忘れドック"は行っていましたが、ドックはあくまでも診断に留まり、その後の治療は外来で行うことになります。これまでは、通常外来の中で診療を行って参りましたが、認知症患者さんが増えることでより多くの時間枠を設けることのできるもの忘れの外来を別日に設けることに致しました。認知症の診療にはご家庭でのご本人の様子をご家族から伺うことがとても重要になります。4月からスタートする"もの忘れ外来"では少し長めの診療時間のなかで、ご家族から十分なお話を伺うことができるようになります。
もの忘れでお悩みの患者様、ご家族の方はどうぞご活用ください。
 また、もの忘れ外来開設に伴い、"もの忘れドック"の内容もリニューアルすることに致しました。これまでのコースに加え、PETなど詳細な画像検査や特殊な血液検査を加えた精密コースです。詳細は追ってお知らせをさせて頂きたいと思います。
 認知症の介護にはコツがあります。それは認知症という病気をよく知って頂くことで身に付けることができます。そのために、勉強会を開きたいと思っています。こちらも、改めてホームページ上などでお知らせをしたいと思います。
 認知症は病気です。当たり前のことですが、このことを知って頂くのには相当な苦労を要します。これまでなかったような行動もすべて病気のなせる業です。そのことをどうか受け止めて頂きたいのです。そして認知症になったご家族をいつまでも愛おしく思って頂けるような環境を整えられるように医療者として努めてゆきたいと思っております。ご家族には多くのご苦労があると思いますが、そのお手伝いをするために我々は努力を惜しまないつもりです。認知症の新しいお薬も成人医学センターも、認知症に苦しむ皆様のお役に立てますことを願っております。